1.和食は引き算の料理
2.水と塩の調理
3.究極の淡味
コラム 昆布消費量日本一の沖縄
1.和食は引き算の料理
世界の料理の中で和食が際立って異なるところは、だしで料理をつくるという発想である。フランス料理、イタリア料理では、動物の肉や骨を煮詰めてブイヨンやスープにさまざまな香辛料をつかったソースの味が料理の旨さを創る。ひとの味覚の感性と調理技術を駆使することによって、自然にはない味を創造、中国料理では肉や骨のだしやラードなどの油脂を使い、食材を煮込んだ濃厚なうま味を創りだす。
和食では四季折々の多彩な旬の食材にあまり手を加えずに新鮮なままを使う料理法が尊重される。鰹節や昆布のうま味を抽出しただしをベースにして、「料理をしないことが理想的な料理」という、素材の持ち味を味わうことを第一としている。
だしをつくることを「だしを引く」ともいう。だしに使われた食材は、だしを取り終えると取り除くからである。フランス、中国の積極的に調味する料理を「足し算の料理」とすれば、和食は「引き算の料理」といわれる所以である。
和食の基本味は、鰹節、昆布、干し椎茸など、すべて乾燥した食材からつくられ、肉や野菜、魚介類に含まれるたんぱく質のアミノ酸が凝縮された旨味成分である。
昆布のグルタミン酸、鰹節のイノシン酸、貝類のコハク酸、干し椎茸のグァニル酸などのうま味成分に塩、醤油が加わると、はじめて和食の美味しさを味覚できる。
グルタミン酸とイノシン酸は、舌の旨みの受容体への結合を互いに強め合う作用があり、この二つが同時に加わると、それぞれのうま味成分は、相互に影響しあってうま味は数倍に変化する。
和食では、グルタミン酸、イノシン酸の美味しさを活用して、鯛やキスの白身魚の昆布締め、京料理の筍とわかめ、大豆と昆布など、いろんな料理がうみだされ、昔、江戸前のハゼを白焼して干しで昆布巻をつくる、正月のお雑煮のだしに使われたのも、ふたつのうま味の組み合わせ効果である。
東南アジアでは、ニョクマム、ナンプラー、ヨーロッパには、トマトスープのガスパーチョがあり、イタリア料理では、トマトに含まれるアミノ酸の一種のグルタミン酸の旨みを活かし、フランス料理では、仔牛のだし「フォン・ド・ボー」、鶏ガラのだし「フォン・ド・ボラィユ」、鴨の骨のだし「フォン・ド・キャナール」が料理文化を担っている。
2.水と塩の調理
和食独自の料理文化を発展させたひとつの要因は水の良さがある。日本各地に湧き出る清水の癖のない、美味しい水。豆腐も水の良し悪しが味の決め手になる。
豊かな雨量と湿度、温暖な気候に恵まれ、塩、酢、みりん、醤油、などの発酵調味料が生まれ、和食のベースとなっている。
和食には吸い物や味噌汁、鍋物など、水の使われる料理が多い。出汁の料理文化が発達した要因に、調理の舞台裏では、良質な水と洗練された塩味が両輪となって料理を支えている。良質で豊富な水が和食の引き算の料理をつくりだした原動力になっている。
わが国では、古来より自然採取したドングリやトチなどの木の実や野草を流水に浸し、お湯で時間をかけて煮るなどして「アク抜き」をする調理が発達。だしの美味しさを妨げる苦味や臭みを除いてから料理を仕上げる。
和食では、旬の野菜の味を活かし、鮮やかな色合いの盛り付けを大切するため、食材のうま味と自然の彩りを保つのに、調理の前段階において水と塩がふんだんに使われる。青菜を茹でるときにひとつまみの塩をくわえると鮮やかな緑色に仕上がる。これを「色出し」といい、青菜の色素が加熱で塩のナトリウムと結合して緑色が維持される化学的な効果がある。りんごや桃の皮をむいて切ったときに、0.3パーセント程の塩水にしばらく浸すと「色止め」の効果があるのはよく知られている。
また、里芋、大根、人参などの根菜を茹でるときに塩を入れると、塩のたんぱく質を変容させるちからが働いて野菜が柔らかくなる。
なかでも魚の調理には、魚の生臭さやぬめりを取るのに、丹念に塩を使って水洗いをし、塩を振って水分を取り、魚のうま味を引き出すなど、塩と水がいくどもつかわれ、魚料理に不可欠な存在である。(詳細は塩の作法)
和食だしには、水に含まれるカルシウムやマグネシウム、ナトリウム、カリウムなどのミネラルの組成や量の違いによって、だしの味が大きく左右される。水には柔らかい水と硬い水があり、ミネラルの多い水を硬水、少ない水を軟水といい、一般に日本は軟水が多く、欧州の多くは硬水である。
和風のだしの旨みを引き出すのは軟水が適しており、にがり成分が多いとうま味成分と結合してだしのうま味が出てこなくなる。また、カルシウムが多いと植物繊維を硬化させるため、野菜を柔らかく煮る場合や炊飯も軟水が向いている。
昆布だしは、数時間水に浸してから、加熱し沸騰直前に取り出すのが基本。つぎに鰹節を足し、出しがらを濾して一番だしをつくり、雑味のないすっきりとした味の吸い物、汁物に使い、煮物には、醤油をつぎ足して、二番だしを使う。
日本人は昆布と鰹だしの風味をおいしく感じる、強い嗜好を持っている。だしの風味は嗅覚であり、風味の好き嫌いは後天的に決まるといわれ、だしの匂いを好きになるためには、幼児期からの味覚体験が重要であることが明らかになっている。
3.究極の淡味
「おいしい」を漢字では、「美味しい」、または「滋味しい」と当て字がつかわれている。美味しいは、「うま味」と似て、油や糖分、塩分の効いた美味しい料理を想いうかべるが、滋味しいは、豊かな深い味わいのニュアンスをもっている。
淡味とは、あるようでないような味、一説には材料そのものの味をさすともいわれ、それは茶道の「淡交の精神」からきた言葉ともいわれる。相手を引き立てるように、食材の味を活かす淡味を意味し、けばけばしさや華やかな美味をさすのではなく、こころを落ちつけ、しみじみと味わうほんとうの美味だといわれる。
その代表的な究極の淡味は、懐石料理の「箸洗」といわれる素湯に近い薄味の吸い物である。懐石の一汁三菜が終わり、一期一会の心をこめた盃事の前に、お湯に昆布を箸でつまんで入れ、塩や梅干しで塩加減された淡い味の吸い物である。
ここには一汁三菜のうま味を引き立てる味の演出ともいえる、日本人の料理を楽しむ食文化が息づいている。
京料理の老舗「菊の井」の村田吉弘氏が著した料理の本に、京料理の淡味について、“残心の料理がよし” という一節がある。若い板前修業のときに先輩から、料理は食べているそのときに、旨すぎるのはよくない。三日くらい後に「ああ、あれは旨かった」と思い出させるような料理が理想の味付けであるという、「残心」の心得をよく聞かされたと語っている。これまで、素材の旨みを引き出すのにもう少し塩を入れたら美味しくなるけどなと思った手前で手をとめるのが、残心を起こさせるための薄味だと語っている。料理人には淡味が究極の塩の技だという思いが込められている。
コラム 昆布消費量日本一の沖縄
わが国で、だしの料理文化がもっとも進んでいるのは沖縄料理である。沖縄の昆布と鰹節の消費量が日本一である。沖縄の伝統料理は、ゴーヤや豆腐、豚肉、野菜などを混ぜて炒める、チャンプルーや塩汁で煮た魚のマース煮、昆布や切干大根を炒めたイリチーなど、昆布と鰹節のだしと塩味をベースにうま味を創っている。
19世紀、琉球を支配していた薩摩藩は中国との交易品である昆布の輸出基地として那覇に「昆布座」を設け、朝貢船による昆布の交易で莫大な利益を得ていた。↑ブ
中国への輸出用の昆布は当初、琉球人にとって貴族階級のものであったが、しだいに庶民にまで普及し、長期保存ができる昆布は、中国の帰化人がもたらした豚肉と相性が良く、豚肉のイノシン酸と昆布のグルタミン酸のうま味が一緒になると、うま味が倍増し、細切の豚肉の炒め煮、豚足に昆布の焚き合わせなど、豚肉と昆布だしから沖縄独特のうま味とコクのある郷土料理がうまれた。
この美味しさを沖縄では、“アジクーター”という含蓄のある言葉で表現し、単に美味しいというだけではなく、なんとも言い表せない味わいのことで、そこに沖縄の食文化のエッセンスが込められている。