美味しい塩の選択

  • 塩のルネッサンス

工業塩から食べる塩の復活

平成9年(1997)4月、わが国の塩の専売制度は、100年にわたる歴史を閉じ、新たに塩の完全自由化が開幕し、塩の生産・流通・輸入の垣根がなくなるだけではなく、これまで専売法で禁じられていた国内の海水を使って伝統的な平釜焚きの塩づくりができるようになり、海外塩の輸入、販売が自由化になりました。

昭和46年(1971)に塩田の塩からイオン交換膜製塩になって以来26年間、一般家庭用の塩は海水を電気解析したイオン膜塩か、天日塩を淡水で溶解再結晶した再製塩のふたつの塩しか、選択の余地はなく、ほとんどの消費者はあえて塩を選択する購買行動もありませんでした。

わが国の塩は、世界で唯一、イオン交換膜方式による人工的な製塩法を採用し、工業的に大量生産した、小粒で重い高純度な塩が主流でしたが、塩の自由化で消費者は、数多くの塩の中から好みの塩を自由に選択できる時代になったのです。

塩の選択の自由の獲得は塩のルネッサンスです。これまでの「塩とは塩化ナトリウム」という化学的な塩の観念から解放されて、豊かで健康的な食生活にふさわしい「食べる塩」の復活を意味します。塩の歴史をさかのぼっていくと、一本の糸のように美味しく体に優しい塩が伝承されてきた系譜が脈々と引き継がれてきたことを再発見します。  

わが国の2000年に及ぶ伝統的な塩づくりの歴史からみれば、日本の塩が大きく変質したイオン膜塩を摂取していた26年間は一瞬の食文化です。

わが国の洗練された伝統の海塩は、塩職人と料理人との切磋琢磨から、美味しい料理を創る塩が伝承され、その繊細な味覚が和食文化をつくってきたのです。

イオン交換膜製塩に転換したときに、自然塩復活運動に立ち上がった塩職人たち、それを支持した自然食団体、塩にこだわりのある料理人たちが、美味しい塩の系譜の継承者として塩のルネッサンスの原動力になっています。

そして、もうひとりの担い手は、専売制のもとで塩の流通を担っていた塩元売(塩問屋)です。長年にわたる地域の漬物屋、味噌醤油などの食品加工会社や、料理の老舗との密着した商いを通して、塩の良し悪しに関して地元の顧客から多くのことを学び、顧客の声を塩職人にフィードバックする役目を果たしていました。

塩問屋には、むかしからどんな塩が料理と相性がいいか、どのように使えば、美味しい加工食品ができるか、塩に関する豊富な知識・ノウハウが蓄積されています。

消費者の一人ひとりが塩に関心をもって、塩の選択基準をもつようになれば、塩業界も均一な工業的な塩だけではなく、消費者の視点にたって、豊かな食文化にふさわしい塩をつくり、食品加工や外食産業の塩に対する認識を変える大きな力なっていくでしょう。

 

平釜焚き自然海塩の再現

自由化前の塩は、イオン膜塩と真空蒸発缶で工業的に大量生産された塩が主流でしたが、自由化の象徴的な変革は、これまで専売法で禁じられていた国内の海水を原料にして小規模な「平釜」でつくる、伝統的な海塩が復活したことです。

多雨多湿のわが国の伝統的な製塩法は、塩田で濃縮海水をつくり釜で加熱蒸発して結晶化するふたつの製塩工程でつくられます。塩の商品ラベルには、これまでのイオン交換膜で濃縮された海水を結晶化する真空蒸発釜は「立釜」、伝統的な煮つめる釜を「平釜」と表示しています。

濃い塩水を平釜に入れて加熱していくと、最初に泡やゴミ、つづいて石灰の結晶が液表に浮きでてきます。それを丹念に取り除くと、やがて液表に「塩の種」誕生し、次第に大きくなって液中で塩の結晶が生育し、この結晶の具合を見守りながら粥状の塩を攪拌し、焚いていきます。

塩は温度で自在に変化する生き物です。美味しい塩に仕上げるのに、にがりをどのくらい残して塩の結晶を釜から採りだすか、その絶妙なタイミングこそ塩づくりの決め手となります。高純度でにがりが少ない塩は、ミネラルバランスが悪く、にがりが多すぎると苦味が強い雑味のある粗塩になります。いかにしてにがりの少ない美味しい塩の「真塩」をつくるか、塩職人の熟練の技と勘がものをいう世界です。

わが国の塩づくりの歴史は塩職人のにがりとの戦いであったともいえるでしょう。

伝統的な平釜焚きの自然海塩は、軽く嵩張っていますが、やわらかで後味にまろやかな甘味を残ります。これは辛味の塩化ナトリウム、苦味のある塩化マグネシウム、甘さのあるカルシウム、酸味のある塩化カリウムとののミネラルがバランスよく含まれ、それぞれの対比効果で美味しい塩味となるからです。塩の黄金比を求めた塩職人たちの技術の伝承が美味しい塩をつくってきたのです。    *写真 平釜「粟国の塩」 筆者撮影

 

塩の自由化と情報の混乱

塩の専売制度が実施されていた頃は、店の隅にひっそりと専売塩か、にがり添加再製塩のふたつの塩が売られていましたが、塩の自由化が開幕すると、従来の塩に加えて国内の海水を使った平釜焚きの自然海塩、海外の岩塩や天日塩、湖塩など、つぎつぎと新製品が市場に登場し、百花繚乱の様相を呈していました。

テレビの料理番組や雑誌に、ミネラルと豊富な”自然塩”をテーマにした塩の話題が

とりあげられ、町おこしに地元の海水を平釜焚きした塩、深層水の塩、海水を噴霧したパウダー塩など、新商品がぞくぞくと市場に登場、一時期、塩ブームがおこりました。

すでに自然塩のブランドが築かれていた特殊用塩のにがり添加再製塩のメーカーは、専売塩のシェアを奪う勢いで一般家庭に普及していきました。

一方、専売公社は「味は主観的なもの、にがりは夾雑物」「イオン交換膜こそ安心・安全」といった正当性を訴えるばかりです。

かつて塩市場で競合していた、この二つの陣営が塩の自由化を話題にするマスコミの情報源となっており、対立する双方の塩の知識と情報が錯綜し、かえってほんとうの塩はどちらか、消費者の塩の選択に混迷を招いた大きな要因となっています。

塩の知識・情報が混乱し消費者の関心が薄れてくると、潮が引くようにマスコミから塩ブームが消え去っていきます。加えて、一挙に市場に2000を超える塩商品が溢れ、世界に類のない特異な市場を形成し、どれを選んだ良いのか、選択が困難になってきます。

 

2.塩の商品表示の読み方

信頼回復を図る統一ラベル

消費者から「専売塩と自然塩にほんとうに味の違いがあるのか」、「輸入塩を原料に使用し国内産と誤認する地名を使うのはおかしい」「自然塩の値段が専売塩の数倍もする理由はなにか」といった声が行政に寄せられました。

それに応えて東京都の消費者センターにおいて、さまざまな銘柄の塩の味を較べ

る官能テストが実施された結果、塩水でのみ較べすると塩味の違いを分別できない人が多く、専売のイオン塩と自然塩には差がないという調査報告を発表しています。

(食事として日常で塩水のみを飲むことはなく、塩味の判断は非現実的です)

かつての専売のもとでは塩の選択の幅が狭く、長い間にイオン膜塩を原塩にした塩味に慣れてしまい、塩は “しょっぱい”ものという固定概念ができたのが、塩味の差を認識できない原因ではないかと思います。

自然海塩を摂っている沖縄のひとに試したところ、10人中10人がイオン塩との識別ができたといわれ、おにぎりや漬物での官能テストの結果では、差があることが報告されています。

これらの調査後、塩の広告宣伝の表現そのものに問題があるとして、平成16年 (2004)7月、公正取引委員会は、科学的根拠のない「天然塩」「自然塩」「ミネラル

豊富」など、消費者が「優良誤認」するような表示を行っていた製塩メーカー9社に景品表示法違反を警告し、塩業界のモラルの向上を強く求めました。

消費者の塩に対する不信感が行政の審判を仰ぐまでに発展し、塩業界は、東京都の消費者保護の勧告と公正取引委員会の警告に応えて、塩業界の失墜した信頼を回復するために、自主的に商品表示の統一と消費者に誤解を与えるような広告の自主規制を図りました。

旧専売の塩事業センターが中心になって、日本塩工業会、塩問屋、製塩会社など、塩業界の主なメンバー12社が参加し、「公正競争規約作成準備会」を立ち上げ、業界内の自主的な公正競争のルール作りに取り組みます。

平成20年(2008)4月、広告宣伝のスローガンを自主規制と消費者が商品表示のラベルを見て正しい選択ができるよう、塩の表示の公式ルールの「公正競争規約」をつくりました。塩のラベルには、名称、原材料名、製造方法が明記され、お互いに不当競争を避けるために、科学的根拠のない広告を自粛し、適正表示には公正マークをつけることを認め、平成22年(2010)4月から実施されています。

公正マークは、品質の保証をするものではなく、塩の業界で自主的に取り決めたルールに基づいて表示したもので「公正競争規約」を順守する約束のマークです。

ラベルの表示に使われる用語は16の用語に限定して内容を表記することが決まりましたが、これらの用語のなかには、一般になじみのない業界用語も含まれており、消費者が表示を見てすぐに何を意味しているのか、選択の際の塩の基礎知識が求められます。

消費者保護法では、消費者に分からない知識があれば、つくる側はその商品知識を伝える義務があります。塩はあまりにも身近なもので誰でもが知っている用語だという先入観があったのでしょうか、こんなところにも専売制という閉鎖的な塩業界の体質が如実に表れています。

ちなみに海外塩のラベルには、塩の原料、製塩法、結晶形を基準に商品名が付けられているケースが多く、岩塩はロックソルト、海水、塩湖、塩泉といった原料の違いで、海塩をマリンソルト、またはナチュラル・シーソルト、湖塩はレイクソルト、地下の塩泉はウェルソルトと表記されています。

 

□塩の製造法の用語

濃縮工程….イオン膜 逆浸透膜 溶解

結晶工程….天日 平釜 立釜 噴霧 加熱ドラム

加工工程…..乾燥 粉砕 焼成 混合 洗浄 造粒

その他……..採掘

 

□用語の意味

イオン膜…イオン交換膜方式の略。海水に溶けてイオン化したナトリウムと塩素を電気解析により塩化ナトリウムを選択的に抽出する膜。

平釜・立釜..平釜は平らな鍋で加熱して液表蒸発する塩釜、立釜は真空蒸発で工業的に塩の結晶をつくる塩釜。

逆浸透膜…海水に圧力をかけて膜を通して濃厚な塩水を採取する淡水化装置。

溶解………海外の天日塩を海水または淡水で溶かして濃縮塩水をつくる。

浸漬………主に藻塩の製造表示で、濃縮塩水に海藻を浸けて煮詰める方法。

噴霧………加熱した海水を霧状に噴霧して濃縮または塩の結晶をつくる。

加熱ドラム..海水を加熱した円筒のドラムに吹き付けて塩を結晶化する製塩法。

造粒………熱中症などを防ぐための錠剤、パスタを茹でる固型の塩等。 

焼成………塩を高温で加熱した焼塩で、380度以上を「高温焼成」と表示。

混合………にがり、化学調味料、固結防止剤などの添加物を混ぜること。

 

主な食塩の表示

塩の自由化後、国内で売られている主な食用塩は、イオン交換膜製塩の食塩、天日塩を溶解・再結晶したにがり添加再製塩、国内の海水を平釜で焚く伝統的な海塩、輸入塩(天日塩・岩塩・湖塩)の四種類の塩に大別されます。

塩の商品表示ラベルを見て、その生産地、製塩法を理解して、すぐに判別できるように表示されており、下記に主な四種類の塩の表示法を紹介します。

 

イオン交換膜塩           

原材料名:海水(瀬戸内海)      

工程:イオン膜、立釜 

 

イオン塩は、海水から電気解析でナトリウムイオンと塩素イオンを抽出し、イオン交換膜を通して濃縮塩水をつくり、立釜(真空蒸発缶)で加熱蒸発して製造した塩です。 

その製塩工程は、海水→イオン膜→対釜の順序で表示されています。蒸発釜の熱効率をよくするために、湯あかのスケール(カルシウム、マグネシウムなど)を中和して取り除いているので塩化ナトリウムの純度の非常に高い塩となり、さらに遠心分離器で水分を抜いているので乾燥塩になっています。

食塩に水分を含ませた湿った塩が「並塩」で、ふたつも旧専売を引き継いだ塩事業

センターから塩の卸問屋に販売されています。

 

ニガリ添加再製塩

原材料名:天日塩(93%メキシコ)海水(7%日本)

工程:溶解、混合、立釜

 

メキシコ、オーストラリアから輸入した天日塩を淡水または海水で溶解して濃縮塩水をつくり、釜で煮つめた再製塩です。旧専売公社が「特殊用塩」として許可した塩で、その製塩工程は、天日塩→海水又は淡水で溶解→にがり混合→平釜の順で再結晶した塩です。かつては “自然塩”をアピールしてきましたが、公正競争規約により自然塩、ミネラル豊富の表記の使用が禁止されています。

にがり再製塩の代表的ブランドは、「伯方の塩」「赤穂の天塩」「シママース」です。

食品加工の業務用に天日塩を溶解再結晶した「精製塩」が塩事業センターから売られていますが、純度の高い精製塩は、湿度の多い日本では固まりやすいために、固結防止剤として、炭酸マグネシウムが混合されています。

国内の食用の塩に使用される約126万トンのうち、食品加工向けの業務用塩は、イオン塩と精製塩で約9割を占めており、にがり添加の”自然”再製塩は家庭用需要の約20万トンのうちの5割を占めています。

 

平釜焚き海塩             

原材料名:海水(伊豆大島)       

工程:天日、平釜 

 

塩の自由化で国内の海水を平釜で焚いた伝統的な製塩が復活しましたが、食用塩の公正競争規約で、「自然海塩」の用語の使用が禁じられています。

同様に、自然蒸発の濃縮塩水を温室で結晶化する天日塩も自然という言葉で表現することができません。伝統的な平釜焚きの塩は、塩事業法で特殊製法塩に区分されており、財務省の報告書にはまだ正確な生産量は載っていませんが、年間2万トンくらいしか生産されていないようです。

          

輸入塩-天日塩・岩塩・湖塩

原材料名: 岩塩(ドイツ)

工程: 採掘、溶解、立釜、乾燥

 

天日塩の場合

原材料名: 天日塩(イタリア)

工程: 粉砕、洗浄

 

岩塩は太古の海水が蒸発して地下に堆積した塩で、塩の結晶の中にほかの鉱物が混ざっており、ピンクや赤、黒など、さまざまな色の岩塩があります。赤系の色は赤鉄鉱石が含まれています。岩塩は、そのままでは異物が混ざっていることが多く、食用の塩は、一旦溶解されて釜で焚いて再結晶した岩塩が使われています。

イツの有名な「アルペンザルツ」は、この製法で造られた塩ですが、まれにシチリア島やモンゴルの岩塩のなかに透明で純粋な岩塩が産出され、そのまま細かく砕いて製品化されたものがあります。岩塩は塩化ナトリウムの純度が非常に高い塩です。

世界的な湖塩は、アメリカのソルトレイク、死海、南米の、ユニ湖、アフリカのチャド湖などが有名で、採取した塩は、粉砕・洗浄し出荷されます。

湖塩は、雨季のあとの乾季でできるもの、恒常的に結晶化したものなど、ナトリウムやマグネシュウムなどの塩類の比率が異なった個性的な塩が産出します。

天日塩は、ゲランドの塩のように小規模な天日塩田で採取されるものと、オーストラリアやメキシコなどの大規模な天日塩田で採取されるものがあります。大規模な天日塩田では、海水を2年ほど天日にさらし、機械で削り取った塩の塊は粉砕してから濃い海水で洗浄して出荷されています。                                  *メキシコ天日塩採塩作業

 

表示用語の問題点 

塩を煮詰めて結晶化する塩釜に、立釜と平釜のふたつの用語が並列に使われていますが、塩釜の規模は全く違います。立釜は、複数の真空式蒸気缶が連結した、量産化をめざした大規模な製塩装置です。

平釜は液表で蒸発する開放型の釜で、小規模な伝統的な塩をつくるのに使われる釜で、全く異なった方式の製塩です。したがって、ふたつの釜から生産される塩の結晶は大幅に異なり、立釜の結晶形は、サイコロ状の立方体で小粒で重い塩になり、平釜の塩は不定型な結晶でふんわりとした軽い塩に仕上がります。

自由化されたのを契機に、各地の海浜で国内の海水を使用して平釜で焚く、手作りの伝統的な自然海塩が誕生しています。

立釜の名称は公正競争規約で決められた造語で、真空蒸発釜が工業的に大量生産される化学塩のイメージが強く、塩の自由化で新たに出現した平釜焚きの塩や輸入天日塩などの新たな参入で、自然塩による差別化を図る不当競争をさけるために立釜とつけられたのではないかと思われます。

商品ラベルの工程で、イオン膜+立釜と表示された食塩は、旧専売のイオン交換膜方式で生産された塩で、純度が限りなく100%に近く、小粒で重い塩です。 

イオン膜を通ることができるカリウム、臭素などのにがりがわずかに含まれていますが、高純度塩は、経済的で効率のよい塩として、食用加工用の需要の9割がイオン膜+立釜法で生産された塩と、天日塩を溶解+立釜で再結晶した精製塩です。

自由化前まで“昔風の塩”と称されていた「にがり添加再製塩」の有名ブランドのなかには、コストの低減と大量生産に対応して立釜に移行した企業もあります。

家庭塩の約半分を占めている「赤穂の天塩」「伯方の塩」などのメジャーの塩の表示には、すでに立釜と表示され、イオン塩と同じ工程でつられています。

おなじタイプの立釜で塩を結晶化した場合、イオン塩と再製塩との品質の違いはあるのか、ないのか、消費者の塩の選択に際してひとつ選択肢になります。

また、にがり添加再製塩には、海外天日塩と国内の海水の比率が明記されていますが、海水を使用した再製塩は湿気の多い国内では結晶が固まるので、固結防止剤の炭酸マグネシウムが添加されています。

輸入塩の中には、ヨードやシアン化合物が添加された塩があり、注意が必要です。

わが国の商品ラベルには、結晶形、粒の大きさ、ナトリウム純度、水分量(湿り気)など、塩の物性の表示が規定されていないので、ラベルに書かれた情報から塩の性格や適切な用途、価格の合理性を判断するのがむずかしいのです。今後、塩業界自ら積極的に情報発信し、分かりやすい表示に改善されることが期待されます。

 

3.家庭用塩の選択

上手な塩の使い分け

わが国では、明治時代までは、塩の種類が真塩・差塩・焼塩と三つの塩に分類され、価格や用途、好みに合わせて選び、塩を使い分けていました。

昭和の中頃まで上質塩・粗塩というように、料理に使う塩と調理や塩蔵食品に使われる塩がはっきり分れていましたが、専売制のもとでは塩の選択の余地がないために、料理・調理で塩の使い分けを省いて汎用する使い方が定着するようになりました。

高純度のイオン塩は、乾燥した塩も湿った塩も同じ原塩で出来てきており、ピリッと塩角の立った塩味は薄めても塩味に変わりがありません。

味噌醤油、漬物などの発酵食品には、乳酸菌などの有用な微生物の働きを調節する、にがりを含んだ自然の海塩が使われます。純度の高い塩で野菜をつけると歯触りのない漬物や、干物や魚漬魚では魚肉が変色することもあります。

そもそも、わが国の専売の塩の開発の動機に「食べるための塩」の概念があったのかどうか疑問です。昭和50年代に入って、はじめて昔風の湿った塩、漬物塩など、消費者のニーズに応えて数々の商品開発が行われてきた始末です。

ヨーロッパの国々では、料理や調理に使う食塩をコモンソルトといい、料理用の塩と工業の原料塩を明確に区別しています。岩塩の産出するドイツやオーストリアなど、海塩の採れない国々では、岩塩をそのまま使うのではなく、水に溶解して、塩に混ざった鉱物を取り除き、再結晶した白い塩を食用に使うのが一般的です。

イタリア、フランスなどの料理文化が発達した国のコモンソルトは、ナチュラル・シーソルト(自然海塩)が主流で、岩塩は、ハムやチーズなどの加工食塩に使われ、調理やの塩漬けには海塩の粗塩に使うというように、用途に合わせた塩を選んで使い分けをしています。塩田を廃止してイオン塩に切り替えたときから、すでにわが国の伝統的なコモンソルトは終焉しています。

 

家庭料理の食用最適塩

食用最適塩とは、文字どおり、ひとが食用にする最適な塩という意味で、塩の普遍的な価値である料理を美味しくする塩をさしたもので、塩の分類から、食用最適塩を選ぶとすれば、太字で示した食塩が食用最適塩の選択基準となるでしょう。

 

□塩の分類と種類

塩資源による分類-岩塩・海塩・湖塩・岩塩泉・井塩・土塩

製塩法による分類-イオン膜+立釜・天日+平釜、溶解再結晶・焼塩・粉砕・採掘

結晶形による分類-正立方体・無定形・フレーク塩・樹枝状・顆粒

粒の大きさの分類-微粒塩・中粒塩・大粒塩

純度による分類-高純度塩(食塩)99%以上・中純度塩95%平均・低純度塩90%以下

法律による分類-イオン交換膜製塩塩(センター塩)・特殊製法塩(平釜塩)

価格による分類-500gイオン塩60円・ニガリ再製塩200円・自然海塩1000円

                                        *コンビニ、スーパーの平均価格調査に

家庭料理には、塩粒の大きさによって、溶けやすさ、付着性、浸透性など、塩の物性が料理に大きく影響します。店頭に並んでいる多くの塩から家庭で調味や調理につかう塩を選ぶ際、「細かめの塩」「粗めの塩」「フレーク塩」の三種類の塩粒の異なる塩を揃えると、料理・調理にあわせて使い分け、使い勝手がよく便利です。

塩粒が適度に細かい塩は、どんな料理にも幅広くつかえる汎用性のある塩です。細かめの塩には、しっとりとした塩とサラサラした塩の二通りありますが、前者は早く

溶け付着性に優れ、一夜漬け、立て塩(塩水の塩浸け)などの調理に適し、後者は振り塩、サラダ、煮物、魚料理などに適した塩です。

粗めの塩は、塩分の溶けるのが遅く、徐々に食材に浸透していくので、煮物や漬物に加えると、柔らかく味の浸みて美味しく仕上がります。ステーキを焼く直前に塩・コショウすると、肉の旨みを閉じ込め、粒々の食感を楽しむことができます。

フレーク塩は、溶けやすく、付着しやすい軽い塩なので、酢の物、ドレッシング、ごま塩などの混ぜ塩に適しています。また天ぷら、白身の刺身などの付け塩につかうと一味違った味を楽しめます。フレーク塩は塩味の閾値(塩味の幅)が広いので和食の汁物、煮物など、微妙な塩加減を調整できます。

自然志向の消費者が、食用最適塩を選択する最もシンプルな判別法は、イオン膜、立釜の二つの用語が書かれている塩を避けて、天日、平釜の二つの用語に注目すれば、間違いなく自然がつくるヘルシイな塩を選択できます。

加熱ドラムは北国の結晶法で基本的には加熱蒸発であり、噴霧は風で蒸発したパウダー状の塩づくりで、特殊な塩の用語は、かえって塩の選択を複雑にしています。

 

美味しさが適塩基準

厚労省指導の塩分の一日当たり10g摂取目標を定めたことで、かえってひとは気づかないうちに毎日の食事で塩分10g以上を摂取すると高血圧になるという思い込みが根強い減塩志向になっていると思われます。

科学的な根拠のない減塩の代償として、減塩症候群、食品添加物の蔓延、高血圧神話を生みだしてきましたが、四番目の減塩の代償として、日本人の伝統的な食生活の変質が危惧されています。

和食には、味噌汁と漬物は欠かせないものですが、今日の一般家庭の朝食は、パン食とご飯とみそ汁の和食の比率が6:4と、和食が減少してきているという調査結果が出ています。塩の消費量は人口増加率よりも低い率で推移してきており、食用塩の需要はこれまでの平均140万トンを切って年々減少しています。

そのうち、業務用塩100万トンは加工食品業界に、一般家庭、飲食店向けの生活用塩は平均35万トンで推移しています。厚労省の「国民健康・栄養調査結果(2005)に日本人の一日に摂取する食塩の食品群の比率が示されていますが、一日の塩の摂取量が1.5g程度となっています。

小匙スプーン一杯の食塩の目安量が5gほどですから、家庭で料理をする主婦には、あまりにも少ない使用量に違和感をもたれるでしょう。これらの数字は、財務省の需要統計の数字をもとに分野別の需要量を人口で割り、1人当たりの摂取量を計算したもので、この数値からでは、家で料理をしない独身者の食生活しか浮かんできませんが、家庭における塩の消費量は、14%程度しかないということは、塩分のほとんどがスーパーなどで調理済みの加工食品、調味料から摂取している、現代の食生活が鮮明に浮き彫りされています。

ここに日本高血圧学会の治療ガイドラインと国民健康・栄養調査から、平均的な和食派のひとの一日の献立の塩分摂取量を推測してみましょう。

 

□朝味噌汁一杯 1.5g アジの開き1.4g 糠漬け5切れ1.6g 梅干し 2.2g 付け醤油小匙半分0.5g □昼食 ラーメン一杯7g □夕食 塩鮭一切れ1.1g 煮物2g インスタント・スープ・漬物・醤油3g 調味料一食あたり1.8g×3食=5.4g

以上から一日の塩分摂取量を算出すると、合計約24gになり、厚労省の基準値10gをはるかに超えてしまいます。ラーメン一杯汁ごと食べると、ほぼ一日分の塩分を摂ったことになります。塩分摂取量の実態を知るのは非常に困難です。

ヨーロッパや東南アジアを旅行すると、食卓に塩と胡椒、香辛料が置かれ、好みに合わせて味の濃さを調節しますが、わが国では、出来上がった料理に手を加えないでいただくのが普通のマナーです。和食では塩辛い味噌汁や惣菜は、無塩のご飯で希釈されて、美味しいと感じる塩分濃度が0.8%から1%の幅の中におさまるよう、味覚が均衡を保つ働きをしています。

一般的に血液の塩分濃度0.9%に近い濃さが美味しいと感じます。日本人の味覚の幅が同じようなレベルだとしたら、食塩摂取量は、どれだけ食べたか、食事の量に比例します。この点から腹八分は理にかなった日本人の減塩法です。

最近の病院食は、これまでの塩気のない味付けから栄養バランスの良い美味しい献立に改善されてきており、高齢者介護にもタンパク質重視の献立やカリウム塩などの塩味の配慮がなされています。食塩ゼロの腎疾患の患者にも栄養の面から一日4g程度の塩分摂取が容認され、病院で低塩食を実施するときには、常にナトリウム排泄量を観察し、電解質バランスに注意しています。

塩分は料理を美味しくします。塩が効いていない料理は美味しくありません。ひとの身体は正常であれば、ナトリウムの摂取が多少増えれば喉が渇き、腎臓で余分な塩分は尿として排出されることで自然に均衡が保たれるようになっています。

減塩すると食べるものが美味しくないので食欲がわかず、必要な栄養素が摂れなくなります。塩分をあまり気にせずに、美味しい食事から必要な栄養をバランスよくとり、質の高い生活(クオリティ・オブ・ ライフ)を維持できる塩分摂取量こそ、その人の適塩基準といえます。

しかし近年、海外では減塩の危険性を指摘した多くの研究論文が発表されてきています。米国の国民栄養調査で25歳から75歳までの20万7729人を対象に行われた調査では、食塩摂取量が一番多いグループの死亡率が一番少なく、塩分摂取が少ないグループの方は心筋梗塞などの心臓疾患で死ぬ確率が高かったという結果が発表されています。(1998/The Lancet)

また、約8700人を対象とした米国連邦研究調査で、最も塩分の少ない食事を摂ったひとたちが、最も高い効率で心臓病に罹患したことを報告しています。

このような塩分の否定派、容認派が対立している中で、世界の先進国で一番塩分摂取量の多い日本人がなぜ世界一の長寿国であるのか、減塩論者に問いかけている研究者も増えています。

この答えのひとつは、2014年に和食がユネスコ文化遺産に登録され、塩分が多いとされてきた和食が地中海料理と並んで世界的にもヘルシイな食事だと高く評価されたことで、食事における減塩の是非があらためて問われています。

*参考資料 国立栄養研究所むく鳥通信 *図表 海水総合研究所セミナー2008「ミネラルとしての塩の話」谷井太郎著 p14 

 

増田 幸右 について

1964-1968 武蔵野美術大学 グラフィックデザイン科卒業 1968-1994 広告代理店電通入社 クリエーティブ・ディレクター 2002-2004 立教大学大学院 修士課程 2003-2008 (株)GN21 経営コンサルタント 2007-2010 浦安図書館ボランティアBCU会員 2010-2014 企業ブランドアドバイザー 2006-2014 日本海水学会員
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