Ⅴ.減塩から適塩へ

1.ミネラルバランス

人の身体を元素に分解すると、酸素、炭素、水素、窒素の四つの主要元素から成り、全重量の97%を占められ、残りのわずか3%がミネラルである。栄養学でミネラルとは、タンパク質、脂質、炭水化物、ビタミンと並んで五大要素のひとつで、鉱物を意味し、食物の中の無機成分を総称してミネラルと呼んでいる。

塩は、このうちのナトリウムと塩素できた白い結晶であるが、食用の塩は、純粋に塩化ナトリウムではなく、微量ミネラルを含んだミネラルの集合体である。すべての食用の塩は海水に由来し、海水には100種類以上のミネラル(塩類)が溶けており、塩は海水ミネラルの塊である。

地球上のすべての動植物は、それぞれミネラル間の保存比率(ミネラルバランス)の均衡もって生命を維持している。ミネラルは、相互補完によって機能を発揮する働きがある。たとえば、カルシウムの吸収には、マグネシウムがなくてはできない。ミネラルバランスを保つことが生命体の働きに最も重要で、ミネラルの均衡を崩すと、さまざまな病気を引き起す。

ミネラルバランスの身近な例に、応急手当てに使う点滴のリンゲル液がある。リンゲル液の組成は細胞外液と似たミネラル組成の液体で、多量の出血や脱水状態による電解質のバランスが乱れて、血液量が減少すると、血圧が下がり、腎臓から老廃物を排泄できなくなるので、応急処置に点滴が使われる。

このミネラルバランスを整える重要な役割を担っているのが、体液を常に一定に維持する塩の存在である。体内には大人の男性で平均250gの塩分を抱えいるといわれ、体液の塩分濃度は0.9%に保たれている、人は塩漬けの生き物である。

人には体内の塩分を一定に保つには、生理的に求められる塩分は、この0.9%の維持にある。このため消化・吸収・排泄の新陳代謝のプロセスで失われる塩分を、毎日の食事から補給する必要がある。

汗をかいて塩分不足になったとき、塩の効いたご馳走の後には喉が渇いて水分が欲しくなる。また腎臓が正常な限り、余分に摂取された塩分は体内にとどまることなく、尿となって体外に排泄され、自然に均衡が保たれるようになっている。

 

2.塩の毒と薬の分岐点

ミネラル(塩)には毒と薬の分岐点がある。科学の世界では純粋な塩化ナトリウムは劇薬である。塩を過剰摂取すると身体に害をもたらし、反対に過剰な減塩が減塩症候群の原因となる。減塩の是非に関して、いまだに科学的なデータがなく、塩と健康の研究調査は、免疫学的な観察調査の域を出ていない。

わが国の専売体制のもとでは、塩化ナトリウムの純度を塩の品質の評価基準にしていたので、それ以外のミネラルは、夾雑物として扱い、一貫して海水塩のにがり(微量ミネラル)を否定、ミネラルは食物から摂取するもので「煮干し一匹にも値しない」と微量ミネラルの価値を無視してきた歴史がある。

近年、ミクロの世界における分析技術の向上で、一万分の一グラム、百万分の一グラムいう超微粒元素の検出が可能になり、微量元素の働きが解明されてきている。

ミネラルは、ナトリウム、カルシウム、マグネシウム、塩素、硫黄の五つの必須ミネラルで占められ、残り1%が微量ミネラルである。微量ミネラルの価値は、それがごく微量であるだけに、なおさら重要で、新陳代謝を活性化する大切な役割を担っている。

人の身体には、鉄、クロム、亜鉛、銅、マンガン、ヨウ素、セレン、モリブデン、コバルト、砒素など数十種類の微量ミネラルが存在しており、免疫やホルモン、老化など、健康や病気と深くかかわっている。

1989年、日本で開催された「国際微量元素医学会議」で、「重金属だってヘルシィ」と題したシンポジュウムで、公害や環境汚染の元凶となった有害物質のカドミウム、マンガン、銅、亜鉛、クロム、鉛、水銀など、重金属が生命を維持するうえで必須の元素であることが明らかになり、話題となった。

ドイツのカール・マルクス大学のアンケ博士は、イタイイタイ病で問題となったカドミウムも生命活動に必須で、不足すると筋無力症の原因になると報告している

微量ミネラルは、必要量の上限と下限の幅が非常に狭い元素である。不足しても摂りすぎても身体に弊害をもたらすため、厚労省は「食事摂取基準」で上限値を発表している。薬品の場合には、薬事法で微量ミネラルは、ほとんど毒物扱いである。

国際保健機構(WHO)の食用塩の規定では、以下の品質規格を定めている。

□コーデックスの食用塩の品質規格-

As(ヒ素)=0.5mg/kg以下

Cu(銅)=2mg

Pb(鉛)=2mg/kg以下

Cd(カドミウム)=0.5mg/kg以下

Hg(水銀)=0.1mg/kg以下

*出典:『ウィキペディア(Wikipedia)』

 

3.二つの適塩

「旨いまずいは塩加減」といわれるように、一瞬の塩加減で料理が美味しくなるかどうかが決まる。そのわけは、塩には美味しいと感じる味覚の幅が非常に狭いからである。塩味を識別できる最低濃度を塩の「閾値」といい、食塩を水に溶かして一定の条件で多数のひとが味見したときに半数の人が感覚的に塩分の違いを感ずる最小の数値が塩の閾値である。多くのひとが塩味を感ずる濃度は約0.3%以上で、これを薄めてゆくと甘く感じられ、しだいに水と区別がつかなくなる。

塩味を美味しいと感じる塩分濃度は、0.8から0.9パーセントくらいの濃度で、それよりもわずか0.2%少ないだけで薄く感じられ、多いと塩辛い。限度を超えた塩辛い料理が食べられないのは、舌の味覚センサーが身体を守っている証である。

とくに和食では、塩辛い惣菜であっても、ご飯と一緒に咀嚼することで、塩分が希釈されて、食べ物が美味しいと感じる塩分濃度になってから、のどを通る。

私たちの体液の塩分濃度は0.9%に維持されており、美味しさを感じる塩分濃度と一致している。美味しいと感じられる塩分は身体が求めているサインである。

人の生理的な本能に準じて摂取するのが、自然な塩の摂取で、減塩に対して、「適塩」と呼ぶことで、塩に対する価値観が一変するのではないだろうか。

塩は料理を美味しくするもの。塩気のない料理は美味しくないので食欲がわかず、必要な栄養素が摂れなくなる。塩分をあまり気にせずに、美味しい食事から必要な栄養をバランスよくとり、質の高い生活(クオリティ・オブ・ライフ)を維持できる塩分摂取こそ、その人の適塩基準といえる。

減塩思想にとらわれていると、美味しい料理を楽しむことをもできず、いろんな病気を招きかねない。塩をよく知ることによって、根拠のない減塩思想は捨てて、豊かで健康的な食生活を心掛けることが大切である。

 

4.コラム 塩の民間療法

昔から塩には強い殺菌力があり、消毒効果のあることはよく知られている。古事記に「因幡の白ウサギ」の神話がある。オオクニノミコトが、ワニに毛皮をはがされて泣き悲しんでいた白兎に「海水を浴びて乾かしたあとに、淡水でからだを洗ってガマの穂にくるまれ」と教えたところ、白ウサギは元どおりの身体に戻ったという。

薬草や薬石が記された中国の古い文献『本草網目』がわが国に伝わり、塩の民間療法が広まった。江戸の庶民を相手にした町医者のなかには、腹痛、下痢、頭痛、風邪、眼病、貧血と、どんな病気にも、「苦塩」を投与したことから、“にがり医者”とばれていた。現在の漢方では「毒をもつて毒を制する」という発想から、微量な毒が眠っている自然治癒力や免疫力が刺激されて活性化する作用を活かして、病気の治療に使われている。

近代の薬のルーツは塩である。中世ヨーロッパで“貧者の塩”とよばれていた、塩釜の底にこびり付いた塩が薬の発見の発端となっている。18世紀、ドイツの医師J・A・ウェーバーは、このにがりから医薬品や染色剤などの原料となる物質をとりだす技術を発明。ドイツは化学薬品の発祥地となったのである。わが国には江戸時代に長崎の蘭学を通して広まり、西洋医学の礎となったのである。

日常生活のなかで塩の持つ化学的な力を利用した、昔からいろんな民間療法が伝えられている。渋沢敬三著『塩俗問答集』には、塩の民間療法に関して、全国を調査した膨大な聞き取り調査が載っている。

□風邪予防やのどの腫れ

薄い塩水でうがいをすると、塩の殺菌力によって風邪の予防となり、風邪を引いてしまったときには、濃い番茶に塩を入れて飲むと痛みや解熱に効果がある。扁桃腺やのどが痛むときには、フライパンで煎った塩を布に包み、痛いところに一晩当てておくと痛みが和らぐ。鼻炎に罹ったら、塩水で鼻をすすぐと炎症が静まり、塩水でうがいすると、口内が殺菌されてのどの腫れを鎮め、風邪を予防する効果がある。

□塩湯を飲む

便秘や腹痛に、やや濃い塩湯を飲むと効果があるのはよく知られている。市販の下剤薬には硫酸マグネシウムが入っており、にがりには腸を整える働きがある。

腹痛や下痢に焼いた塩を布で包んで患部に当てると、身体がポカポカとしてつらい症状がおさまる。昔は地方によって、健胃、二日酔い、暑気あたりの予防として毎朝一合の塩水を飲む習慣があった。

□眼病治療

眼病には、はやり目、ただれ目、結膜炎、トラホーム、網膜炎と、いろんな症状がある。江戸の町には砂埃が原因で眼病が多かったといわれ、塩水で眼を洗って治療したといわれる。『塩俗問答集』には、愛媛・清水村では眼病に梅茶で目をなでて治す、栃木県の秋田・神代村では、かすみ目・ただれ目に塩湯で洗う習慣があることが記録されている。

□茄子の黒焼で虫歯予防

毎朝、塩で歯を磨くことは、歯茎を引き締めて、歯周病や歯槽膿漏を予防する。虫歯予防に昔から”効能あり”といわれているのが、「黒焼き茄子」。茄子のヘタの塩漬けを黒焼きにしたものを手で歯茎にすりこむ治療法である。むかし長野県の山村では、ハコベを石でつぶして、塩と混ぜて紙で包み囲炉裏の中に埋め、歯磨き粉として使われ、ハコベ塩とよんでいた。

□塩茶を飲む

お茶にひとつまみの塩を入れて飲むと風邪の予防効果、食中毒・嘔吐剤に塩が効果を発揮、二日酔いに塩湯を飲むと治るのは、多くの人は体験で知っている。

子供に寝るまえに塩をオブラートで包み、これを飲ませると寝小便の予防になり、またヨモギのお茶に塩を入れて飲むと回虫の駆除になるともいわれ、今も各地に民間療法として伝承されている。

□塩で洗顔、皮膚病に塩

塩水には洗浄の働きがあり、塩で身体を洗うと毛穴に詰まった汗や皮脂を落とし、新しい皮脂の分泌を促す効果がある。昔は子どもの頭のおでき、汗疹に塩をすり込む、塩水に浸けるなど、塩の殺菌力には皮膚病を治す力がある。

また塩でシャンプーすると頭皮の皮脂が落ち、フケや抜け毛が減ってくる。今も皮膚の疾患やアトピー性の皮膚炎を海水で治す海洋療法が施されている。

このほか、塩の民間療法には、毒虫や蚊に刺されたときに塩水で洗う、しもやけや雪焼けを塩湯で洗う、水虫ににがりを溶かした水に足をつける、頭痛に塩を塗りつけて治すなど、むかしから塩は万能に効く治療薬に使われ、塩の民間療法は先人たちが経験からうまれた知恵の集積である

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Ⅲ.減塩の代償

1.減塩症候群

減塩こそ健康維持の鉄則と考えている人に、塩分摂取は少なければ少ないほど良いとった考えにとらわれる人も多い。しかし塩の過剰摂取にだけに焦点があてられ、行き過ぎた減塩による健康障害の問題を思い浮かぶことはないだろう。

「減塩をし過ぎて死亡したひとの数と、食塩の摂りすぎによって死亡したひとの数とは、どちらが多いかわからない」と減塩の行き過ぎを警告した米国の研究者の言葉が記憶の隅にある。塩に過剰に反応する塩減症候群は現代病ともいえる。

近年、熱い季節になると、熱中症で倒れて病院に救急搬送される人のニュースがしばしばマスコミの話題になる。熱中症は、暑さで体内の水分と塩分のバランスが崩れ、体温調節機能が低下し、めまいや手足のしびれ、頭痛や筋肉痛、ひどい場合は痙攣や意識障害を起こし死亡する危険もともなう。

全国で救急搬送された熱中症患者は、2014年で4万1509人、2015年には5万4698人と一万人以上増加、その半数が65歳以上の高齢者が占めている。

熱中症の応急手当は、一般的に生理食塩水の点滴が施される。電解質バランスを取り戻すために、血液に含まれる塩分濃度を高めることが先決である。

高齢者は、持病の高血圧や心臓疾患などの生活習慣病に罹っている人が多く、医師から厳しい塩の制限を指導されて減塩を続けているうちに、低ナトリウム体質になっているからである。身体はナトリウム(塩)が不足すると体内の塩分濃度を保つため、汗や尿などからナトリウムの排泄を制限して体内の水分を調節しようとする。その結果、脱水で血液量が少なくなり、脳への血流が減り、しびれやめまい、ふらつきがおこる。

また、胃液などが少なくなって食欲減退や脱力感が生じ、汗を大量にかいた後に塩分補給が少ないと筋肉のナトリウムが奪われて筋肉痛になり、さらに体内の塩分濃度が一気に下がると、神経の伝達が正常に働かなくなって昏睡や意識障害の状態に陥る可能性がある。このように塩不足起こる不快な症状を「減塩症候群」とよばれている。近年の熱中症の増加は、減塩思想に一石を投じる象徴的な現象である。

 

2.高齢者の減塩に注意

高齢化社会を迎えて高齢者の医療・介護の現場では減塩症候群が身近な問題になってくる。医師や栄養士の指導による塩気のない病院食や家庭の介護食に反映されないだろうか、塩分摂取の過剰反応が危惧される。

病院食の現状は、一日当たり塩分6グラムを基準に塩分制限されており、お椀に一杯に2gも塩分のある味噌汁や、漬物がメニューから省かれ、薄い味つけで食欲を失うことで、かえって健康を損なうこともある。加えて、塩の摂取量は食事の量に比例する。高齢になると食欲が落ちて食事量が減るために、十分な塩分の補給ができないので塩不足になりがちである。

そのうえ、加齢で腎機能が衰えてくると、腎臓での塩分の回収が不十分のため、ナトリウムが尿として排泄されて低ナトリウムになる可能性が高くなる。

ある開業医の失敗談に、77歳の高血圧患者に浮腫の治療に利尿剤を処方したところ、突然、急性塩化トリウム欠乏症で歩けなくなって全身痙攣がおきたので、生理食塩水を点滴したところ、その翌日にはすっかり回復。あらためて利尿剤による危険を認識した。この医師は70歳以上の高齢者には原則、減塩は控え、食塩感受性を判別してから、減塩の指導をするようになったという。

食はいのちであり、ひとを幸せにする。減塩運動と表裏一体となって高齢者の介護や病院食に関して、栄養バランスの良い美味しい献立の工夫に配慮がなされることが期待される。

 

3.減塩志向と食品の低塩化 

消費者の減塩志向により、味噌醤油、漬物、塩辛などの発酵食品の低塩化が一段と進んでいる。店頭の加工食品には、塩が本来持っている力、腐敗を防ぐ保存力や殺菌力、鮮やかさを引き出す力、酸・アルカリ度の調整力、発酵の調節力などを代替するのに、多くの食品添加物が使用されている。

経済のグローバル化でアメリカやEU諸国などで使用が認められている食品添加物が許可され、わが国の合成添加物の数は、431品目に上っている。

加工食品には、食べものを長持ちさせる保存料、美味しさをつくる調味料や甘味料、見た目を良くする着色料など、複数の食品添加物が含まれ、化学物質の摂取から逃れられない食の環境にある。

低塩化の最も顕著な食品は梅干しである。梅干しの漬物業界はこの15年間、減塩競争に明け暮れ、昔は塩が20%使われていた梅干しが、現在では塩分が5%まで低塩化されている。食品の腐敗菌は、濃度が10%以上になると増殖できなくなる。しかし、今のような5%程度の塩分では腐敗を完全に防ぐことはできない。

そこで、いったん塩漬けした梅を塩抜きした後、調味料やはちみつ、アルコール、昆布エキスの液につけて、味を調えた低塩梅干しが主流となっている。

同じように塩分が多いと敬遠されてきた野菜の漬物も、工場から店頭で売られる間に、腐敗を防止するために保存料のソルビン酸、pH調整剤、防カビ剤など、数々の化学添加物を使用し、腐敗して商品性を失わないために使われている。

現在、輸入ワインに酸化防止剤の亜硫酸塩が添加されているが、亜硫酸塩は二酸化硫黄で、酵母や雑菌の増殖を抑えることができる毒性の強い添加物である。国内では、亜硫酸塩は明太子のおにぎりやハムなどの鮮やかな赤い着色と保存に広く使われている。すでに欧米では発がん性があると問題になった添加剤である。

かつては鮮魚に使われていた塩に替わって、鮮度の日持ちと殺菌、カット野菜の洗浄に使われているのが、毒性の強い添加物の次亜塩素酸ナトリウムである。

わが国ではむかしから塩の働きを活かして、長い時間をかけて味噌醤油をはじめ、多くの塩蔵食品をつくってきた歴史があるが、その塩分量は保存だけではなく、発酵食品の旨みをつくるのに、最適な塩分量だったのである。化学添加物が造る、コクのある濃い味が伝統的な和食の味を変質されないか、憂慮する声もある。

このほか、塩味に似た味覚のカリウム塩が塩分50%を謳い文句にして塩の代替として売られている。米国ではライトソルトの商品で売られ、ラベルには、腎臓障害の危険性があり、医師のチェックが指示されているが、日本のカリウム塩には明記されていない。カリウムは筋肉弛緩剤として使用される薬物で、わが国の病院食には、心臓への悪影響を配慮して、サラダや果物などのカリウムを含んだ食材は制限されている。

かつて江戸時代の食料飢饉の原因は、飢えをしのぐのに山菜や木の皮を食べ、“塩なし病”として恐れられていたが、現代の医学から診ると、実は死因は高カリウム血症であったのである。

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Ⅱ.塩の逆説 ソルトパラドックス

1.盲目的な減塩信仰

今日、テレビ番組や新聞雑誌のマスコミは、食と健康に番組や記事が溢れ、健康食品やサプリメントの広告が紙吹雪のように舞っている。健康と食の安全に敏感に反応する社会が形成されている。かつて狂牛病を始め、牛肉偽装や中国の農薬入り餃子事件、腐敗肉のハンバーガーなど、つぎつぎと食の安心・安全を脅かす出来事が脳裏から消えない。

劇作家の山崎正和は、『世紀末からの出発』のなかで、現代の教条主義のひとつに「健康信仰」があると指摘、米国をはじめ、世界の先進国の人々は、今は異常なまでに健康という美徳に執着していると語っている。*『世紀末からの出発』山崎正和著1995 文芸春秋

テレビ、新聞などのマスメディアで、身体に良い食べ物が話題になると、翌日にはスーパーで売り切れしてしまうという現象が見られる。このような特定な食べ物や栄養素の健康効果を過大に評価する風潮を「フードファシズム」とよばれている。

その背景には、現代人の健康不安が強くはたらいて、マスコミが発信する情報に強く影響される傾向があり「健康信仰」を煽る大きな力となっている。

とくに減塩、減塩と騒がれてきた塩は、フードファシズムの対象とされてきた食品である。マスコミの断片的な知識が幾重にも重なり、塩を摂るのは健康に悪い影響を与えるという思い込みが、今日の減塩思想を生んだ。その結果、塩についての無関心と知識不足が塩の偏見と誤解をもたらしている。塩の過剰摂取にだけ焦点をあてた、現在の行き過ぎた減塩思想が、ひとびとの健康と食文化に多大な悪影響を及ぼすという観点が欠けている。「塩は悪」、「塩は高血圧のもと」という先入観にとらわれた盲目的な減塩思想は、塩分の摂取は少ないほど良いといった“嫌塩”にまで発展し、塩不足の状態が身体にどのような危険な症状をもたらすかが、今日的な課題である。

 2.アメリカ発の減塩思想

減塩思想の発祥はアメリカである。その発端は高タンパク、高脂肪の食事が肥満と動脈硬化をもたらし、心筋梗塞の死亡率が高くなった結果、社会負担が増大負担したのが、国を挙げて減塩運動をはじめた動機である。高血圧の原因は塩分の過剰摂取にあるという考えを基本とした、塩の摂取→高血圧→動脈硬化→心筋梗塞の図式ができたのだ。それをバックアップするように。未開人の高血圧の調査から、彼らの一日当たりの塩の摂取量が1グラムしかなく、高血圧になるひとがいないという調査報告がもたらされた。ひとの身体は少ない塩でも十分生きていかれるという考えが、一日の塩分摂取を5グラムという、ひとがぎりぎり生存できる塩の摂取量を基準にしている。

1953年にアメリカの高血圧の研究者であるメネリーが1日20~30グラムもの高濃度の塩分を含んだエサを10匹のマウスに食べさせたところ、このうち4匹が高血圧になったという研究報告がなされた。一日、20グラムの塩の摂取量はマウスの一日の摂取量の20倍で、人間であれば一日160~300gに相当する。ひとは通常、一日最低平均10グラム摂取しているのに比べ、驚異的な量にあたり、むしろ四匹のマウスが生き残ったことの方が奇跡ともいえよう。

彼の塩分元凶説を裏付けたのが米国のL・K・ダール博士の調査報告である。1954年に世界の異なる民族について、食塩の摂取量と高血圧の発生率との関連を調べたところ、エスキモーの食塩摂取量は1日平均4gで、高血圧の発生率が2%と少ないことを報告した。さらに、1960年に秋田や青森での高血圧の調査をした結果、東北の寒冷な地方に高血圧や脳卒中の発生率が高いことに注目し、その原因は塩の過剰な摂取が高血圧の原因だという研究論文を発表した。

その内容は、一日に14gの塩を摂っていた南日本の高血圧の発生率が20%であったのに対して、平均27g~28gもの塩分を摂っていた東北地方では、40%という高い高血圧の発生率を示したことで、塩の過剰摂取が高血圧の原因だと、食塩摂取量と高血圧発生の因果関係を明らかにした。

このダールの報告が、わが国で減塩運動が始まる発端となったのである。しかし、その後、多くの研究結果から、当時の東北地方は、他の地域に比べてたんぱく質やビタミンCの摂取が少なく、寒さという気候的な要因が高血圧に深く関係していたことが分かってきたのである。

3.世界一塩分を摂る長寿国

遺伝子情報の解明が進んでいる現代社会では、過去の健康・栄養に関する知識を180度転換し、これまで常識だと思っていた知識が、非常識な知識になることがしばしば起きる。減塩が常識の塩の世界も“逆も真なり”である。

盲目的な減塩思想に対して、1998年、国際的に信頼の高い医学誌である『ランセット』に食塩と健康に関して、「十分な塩の摂取が、長寿に良い影響を与える」という塩分=悪という減塩思想を覆すような逆説的な研究論文が掲載された。

それは、米国の国民栄養調査で食塩摂取量と死亡率との関係について、25~75歳の20万7729人を対象に医学的調査が行われた結果、食塩摂取の最も少ないグループでの死亡率が高いことが判明したのだ。

その調査では、食塩摂取量を一日の最低平均2.64グラムから最高の11.52までの四つのグループに分け、全死亡率と比較してみると、食塩摂取量の最も少ないグループで最も死亡率が高く、食塩摂取量の最も多い四番目のグループの死亡率が最も低いことが実証された。この調査で死亡率だけではなく、脳卒中や心筋梗塞などの循環器系による死亡率も食塩摂取の少ないグループほど高かったというデータも報告され、この論文の著者であるM・H・アルダーマン博士は、多くの反論に対して、この調査結果から直ちに、食塩摂取量を増した方が良いとか、減塩が必要ではないとか言っているのではないと断り書きをいれたうえで「現在、世界の先進国の中で最も食塩摂取量の多い国民は日本人であり、そして世界で最長寿を享受しているのも日本人であることを思い起こしてほしい」と述べている。この研究から日本人の食文化の根幹に塩の存在が大きな力となっていることが示唆された。

なぜ、日本人はそんなに塩を摂る必要があるのか、その答えのひとつは、和食にある。主食のお米と野菜の食事が主流のため、それに含まれるカリウムとのバランスを保つために、ナトリウム(塩分)の摂取が生理的に欠かせないからである。

もうひとつの理由は、乾燥したヨーロッパに比べて、高温湿潤な気候に暮らす日本人は、汗の量が多く、健康的に暮らすのに毎日、風呂に入り汗を流し、味噌汁や漬物で塩分を補給するという、生活の知恵から生まれた生活習慣も関係している。

4.今も昔も変わらない塩の摂取量

ひとが生きるために塩はなくてはならないもので、ひとは生理的に一日に12グラムから15グラムの塩がどうしても必要だといわれている。三十年前の日本人の平均摂取量は二十五グラムといわれていたが、今は平均13グラムといわれる。

昔と比べて日本人の生活スタイルは一変し、食の西欧化が進み、塩を使う和食の減少傾向や、肉体労働の人口の減少、家事労働などが省力化、またエアコンの普及によって汗をかく機会が減ってきた。これら生活の変化により、塩の消費量は米と正比例して年々減少傾向にある。

昔、製鉄所の溶鉱炉で働く労働者や蒸気機関車の機関士など、汗をかく職業のひとたちは、ときどき塩を舐めながら仕事をしたといわれ、炎天下の労働や熱作業に従事する場合は、40グラムから50グラムほどの塩分を摂らなければ、身体を壊してしまうからである。

日本の塩の需給は、江戸時代には藩の塩台帳、明治には専売公社において詳細に記録され、非常に正確な史料が残っている。瀬戸内の塩の研究家、廣山堯道の著『塩の日本史』のなかで、江戸時代の塩の消費量と今日の日本人が毎日摂取している塩の量はほとんど変わっていないという調査結果が記されている。なかでも寒冷地の内陸部では、年間の塩分補給に自家製の味噌・醤油、副食の漬物、塩干物などに大量の塩が消費され、一日一人当たりの塩の摂取量は約40グラムと計算される。

ひとの腎臓の塩の処理能力の上限は、医学的に一日当たり50グラムだといわれ、ひとり一日6グラム、8グラムなどと減塩が叫ばれているが、実態はその数倍多い摂取量なのではないか、と推測される。

財務省の食用塩の需要統計から、日本人一人当たりの消費量を推測した報告もある。ここ10年間の食用塩の生産量の平均は年140万トンと報告されているが、これを人口一億二千五百万人で割り、さらに365日で割ると、ひとり一日当たり約三十一グラムとなると試算した例もある。*(『テキスト自然塩』 日本自然塩普及会/1998)

これらの資料からも、日本人の塩の摂取量の実態は、今も昔も変わらない塩の摂取量だということが想像できる。

現在、厚労省の塩分摂取量の基準は、大人一日8グラムを目標に減塩指導をしている。日本人の平均的な塩分摂取量はひとり一日当たり13グラムといわれ、米国の一日当たりが6グラムと較べると倍近くの塩分を摂っていることになる。

米国などが導入している国際基準が低いのは、肉食や乳製品には多くのナトリウムが含まれているためで、食材の塩分相当量を加算すると、食塩摂取量は10パーセント近くになると計算され、ほぼ日本人と変わらないという意外な報告もある塩の逆説

5.官民一体の減塩運動

わが国の高血圧の人口は、約4000万人ともいわれている。これは、厚労省の定めた高血圧の基準値を超えた人の数で、医師の診断を受けて高血圧の治療している人は、約800万人にすぎないという医療統計がある。

高血圧は自覚症状もないのでサイレントキラーと呼ばれ、高血圧の状態を改善しないでいると脳卒中や心筋梗塞、腎臓病を起こす危険性が高くなる。

現在、日本人にはどのくらい食塩摂取量が適量であるかという研究データはないが、WHOの国際高血圧学会や日本高血圧学会のガイドラインでは、6g未満を推奨し、厚労省の塩分摂取の目標値は、大人一日8グラムを基準にしている。

ちなみに病院食の塩分量は一日6g(小さじ一杯の塩の量)と決められており、その理由は、6g以下に抑えなければ、高血圧薬の効果が望めないという、臨床の常識が基になっている。

最近、わが国の官民挙げて減塩キャンペーンの動きが高まってきている。厚労省をはじめ、医師や栄養士の減塩指導は一層強まり、大手コンビニでは「健康弁当」が売られ、食品業界では、減塩商品が次々と開発されている。「塩リスク」という言葉が語られるほど、減塩運動が盛り上がっている。厚労省は1015年四月から、スーパーやコンビニ、外食、食品メーカーなどに減塩マークの表示の使用を認可して厚労省お墨付けの健康食品を推奨している。

高血圧の原因は塩分の摂り過ぎだという減塩信仰が高じて、塩は減塩運動の標的になっているが、高血圧患者の80%は、原因がはっきりと分かっていない「本態性高血圧」だといわれている。

高血圧発症は、遺伝、肥満、ストレス、腎臓疾患など、さまざまな要因により、血圧を高め、動脈硬化を誘発するが、塩の過剰摂取は、その原因のひとつでしかない。

ではなぜ、塩だけを標的とした減塩運動が起こるのか、その背景には、二つの狙いがあると推測する。ひとつは、厚労省の医療費の右肩上がりの増加を抑える意図と、もうひとつは、現代の食卓の大半が加工食品で占められ、食品業界にも減塩商品の開発を求めて社会的に減塩問題を解決しようとする動向である。

5年ごとに実施される厚労省の「医療費の動向調査」によれば、2010年度の国民全体の総医療費が約36兆6000億円に上昇、それ以来、毎年一兆円と増え続け、15年度には40兆円を超える事態となった。このままでは、2025年の総医療費は、50兆円を超える推定され、医療費削減が国の緊急課題となっている。

一方、現代の先進国の食生活においては、塩分の摂取量の70%が調味料、調理

済み加工食品、弁当、外食などから摂取されており、これらの“隠れた塩分”とよばれる、ナトリウム(塩分)の過剰摂取の実態が鮮明に浮き彫りにされている。

社会的な減塩運動によって国民の食塩の摂取量を減らす政策のお手本はイギリスにある。政府は食品業界を巻き込んで、スーパーに並ぶ食品すべてに減塩基準を定めて減塩を推し進めた結果、心臓病の患者が減り、毎年2600億円もの医療費の削減につながったといわれる。今後益々、わが国も官民一体となって減塩に取り組む姿勢が強まってくることが予想される。

6.塩に強い人・弱い人

食塩と高血圧の関係を明らかにした世界的な調査研究がある。インターソルト・スタディとよばれ、32ヶ国、52センター、10,079人を対象者として国際的に行われた食塩摂取量と血圧に関する疫学調査研究である。

インターソルト・スタディの結果は、食塩と高血圧の関係は弱く、むしろアルコール摂取との関係が強いことが示され、文明社会では食塩の摂取量に関係なく10~15%の高血圧患者がいるという。その後、米国のF・Cバーター博士が、塩の摂取量の増減で血圧が変動する「食塩感受性の強い人」と、塩分の摂取と高血圧に関係しない「食塩感受性のない人」に分類し、塩感受性の強い人は食塩を体内に蓄える作用の強く、全体の40%おり、食塩感受性のない人は塩分を蓄える力が弱い人で全体の60%を占めていることを立証した。

わが国でも東京大学医学部の藤田敏郎教授の研究(1995年)で、人により食塩を摂ると血圧が上がり、減塩すると血圧が下がる「食塩感受性」の人、食塩をとっても血圧が上がらない、減塩しても下がらない「食塩非感受性」の人がいることが判明した。

食塩感受性の人は約4割、ほかの6割が食塩非感受性の人であり、高血圧患者の中でも食塩感受性のひとは5割以下だということが報告されている。 

この2つのタイプの違いは、主として腎臓のナトリウム排せつ機能と関係しているとされ。食塩感受性が生じる原因は、主に遺伝・年齢、性、肥満度、腎臓病の有無、糖尿病の合併、ストレスも影響するといわれる。  食塩感受性かどうかの判断は、尿検査と減塩で1割以上の血圧の低下をひとつの指標にしている。減塩は食塩感受性の人には効果が出るが、食塩感受性のない人が、無理な減塩をすることで塩分が不足し、食欲不振や筋力の低下、無気力状態になって健康を阻害する要因となる。また減塩で逆に血圧が上がる人、腎臓性高血圧症や早朝高血圧の人は病状が悪化すると指摘する研究報告もある。

食塩感受性の人には、治療効果を高めるために塩分をひかえることは有効であるが食塩感受性の違いを考慮しないで、すべてのひとに一律、国の塩分の摂取基準値を適用するのには疑問がある。

7.コラム 高血圧の減塩神話

塩=高血圧は減塩神話だと明言した世界的な高血圧の権威がいる。1982年、米国心臓学会よりチバ賞を受賞した青木久三医博(名古屋市立大学教授)である。

その実験は、血圧の高いネズミを交配して独自に遺伝性の高血圧ネズミをつくり、A.低食塩食、B.標準食、C.高食塩食、D.10倍の高食塩食と1%の食塩水の四つのグループに分けて30週間(人間に換算すると40年間)にわたって血圧、体重、発育などを観察した実験が行われた。これまでの高血圧の原因は塩だとすれば、高塩食のグループでは高血圧が悪化し、低食塩食グループでは、高血圧が治るはずであるが、そのような結果は得られなかったのである。

高食塩食、標準食、低食塩食では血圧に変化が認められなく、高食塩に1%の食塩水を与えたグループだけが収縮期血圧が上昇し、血液中のナトリウムが異常に高くなり、腎不全で死んでしまった。この実験結果から、遺伝性の高血圧ネズミの血圧には食塩の摂取量に関係がないこと、また減塩食でも血圧が下がらないことが明らかになり、ラットを使った実験では、いくら塩を食べさせても高血圧にならないラットもいることが分かり、塩=高血圧ではないことを明らかにしたのである。

最後に青木医博は「私の診察経験では、減塩によって血圧が下がった人は100人中、せいぜい2、3人で、それ以外の人は塩とは直接関係ない原因の高血圧で、塩の摂り過ぎが高血圧の原因とする固定概念は、“現代の神話”である」と語っている。

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Ⅱ.塩の逆襲 ソルトパラドックス

5.官民一体の減塩運動

わが国の高血圧の人口は、約4000万人ともいわれている。これは、厚労省の定めた高血圧の基準値を超えた人の数で、医師の診断を受けて高血圧の治療している人は、約800万人にすぎないという医療統計がある。

高血圧は自覚症状もないのでサイレントキラーと呼ばれ、高血圧の状態を改善しないでいると脳卒中や心筋梗塞、腎臓病を起こす危険性が高くなる。

現在、日本人にはどのくらい食塩摂取量が適量であるかという研究データはないが、WHOの国際高血圧学会や日本高血圧学会のガイドラインでは、6g未満を推奨し、厚労省の塩分摂取の目標値は、大人一日8グラムを基準にしている。

ちなみに病院食の塩分量は一日6g(小さじ一杯の塩の量)と決められており、その理由は、6g以下に抑えなければ、高血圧薬の効果が望めないという、臨床の常識が基になっている。

最近、わが国の官民挙げて減塩キャンペーンの動きが高まってきている。厚労省をはじめ、医師や栄養士の減塩指導は一層強まり、大手コンビニでは「健康弁当」が売られ、食品業界では、減塩商品が次々と開発されている。「塩リスク」という言葉が語られるほど、減塩運動が盛り上がっている。厚労省は1015年四月から、スーパーやコンビニ、外食、食品メーカーなどに減塩マークの表示の使用を認可して厚労省お墨付けの健康食品を推奨している。

高血圧の原因は塩分の摂り過ぎだという減塩信仰が高じて、塩は減塩運動の標的になっているが、高血圧患者の80%は、原因がはっきりと分かっていない「本態性高血圧」だといわれている。

高血圧発症は、遺伝、肥満、ストレス、腎臓疾患など、さまざまな要因により、血圧を高め、動脈硬化を誘発するが、塩の過剰摂取は、その原因のひとつでしかない。

ではなぜ、塩だけを標的とした減塩運動が起こるのか、その背景には、二つの狙いがあると推測する。ひとつは、厚労省の医療費の右肩上がりの増加を抑える意図と、もうひとつは、現代の食卓の大半が加工食品で占められ、食品業界にも減塩商品の開発を求めて社会的に減塩問題を解決しようとする動向である。

5年ごとに実施される厚労省の「医療費の動向調査」によれば、2010年度の国民全体の総医療費が約36兆6000億円に上昇、それ以来、毎年一兆円と増え続け、15年度には40兆円を超える事態となった。このままでは、2025年の総医療費は、50兆円を超える推定され、医療費削減が国の緊急課題となっている。

一方、現代の先進国の食生活においては、塩分の摂取量の70%が調味料、調理済み加工食品、弁当、外食などから摂取されており、これらの“隠れた塩分”とよばれる、ナトリウム(塩分)の過剰摂取の実態が鮮明に浮き彫りにされている。

社会的な減塩運動によって国民の食塩の摂取量を減らす政策のお手本はイギリスにある。政府は食品業界を巻き込んで、スーパーに並ぶ食品すべてに減塩基準を定めて減塩を推し進めた結果、心臓病の患者が減り、毎年2600億円もの医療費の削減につながったといわれる。今後益々、わが国も官民一体となって減塩に取り組む姿勢が強まってくることが予想される。

 

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Ⅱ.塩の逆襲 ソルトパラドックス

1.盲目的な減塩信仰

今日、テレビ番組や新聞雑誌のマスコミは、食と健康に番組や記事が溢れ、健康食品やサプリメントの広告が紙吹雪のように舞っている。健康と食の安全に敏感に反応する社会が形成されている。かつて狂牛病を始め、牛肉偽装や中国の農薬入り餃子事件、腐敗肉のハンバーガーなど、つぎつぎと食の安心・安全を脅かす出来事が脳裏から消えない。

劇作家の山崎正和は、『世紀末からの出発』のなかで、現代の教条主義のひとつに「健康信仰」があると指摘、米国をはじめ、世界の先進国の人々は、今は異常なまでに健康という美徳に執着していると語っている。*『世紀末からの出発』山崎正和著1995 文芸春秋

テレビ、新聞などのマスメディアで、身体に良い食べ物が話題になると、翌日にはスーパーで売り切れしてしまうという現象が見られる。このような特定な食べ物や栄養素の健康効果を過大に評価する風潮を「フードファシズム」とよばれている。

その背景には、現代人の健康不安が強くはたらいて、マスコミが発信する情報に強く影響される傾向があり「健康信仰」を煽る大きな力となっている。

とくに減塩、減塩と騒がれてきた塩は、フードファシズムの対象とされてきた食品である。マスコミの断片的な知識が幾重にも重なり、塩を摂るのは健康に悪い影響を与えるという思い込みが、今日の減塩思想を生んだ。その結果、塩についての無関心と知識不足が塩の偏見と誤解をもたらしている。塩の過剰摂取にだけ焦点をあてた、現在の行き過ぎた減塩思想が、ひとびとの健康と食文化に多大な悪影響を及ぼすという観点が欠けている。「塩は悪」、「塩は高血圧のもと」という先入観にとらわれた盲目的な減塩思想は、塩分の摂取は少ないほど良いといった“嫌塩”にまで発展し、塩不足の状態が身体にどのような危険な症状をもたらすかが、今日的な課題である。

 

2.アメリカ発の減塩思想

減塩思想の発祥はアメリカである。その発端は高タンパク、高脂肪の食事が肥満と動脈硬化をもたらし、心筋梗塞の死亡率が高くなった結果、社会負担が増大負担したのが、国を挙げて減塩運動をはじめた動機である。高血圧の原因は塩分の過剰摂取にあるという考えを基本とした、塩の摂取→高血圧→動脈硬化→心筋梗塞の図式ができたのだ。それをバックアップするように。未開人の高血圧の調査から、彼らの一日当たりの塩の摂取量が1グラムしかなく、高血圧になるひとがいないという調査報告がもたらされた。ひとの身体は少ない塩でも十分生きていかれるという考えが、一日の塩分摂取を5グラムという、ひとがぎりぎり生存できる塩の摂取量を基準にしている。

1953年にアメリカの高血圧の研究者であるメネリーが1日20~30グラムもの高濃度の塩分を含んだエサを10匹のマウスに食べさせたところ、このうち4匹が高血圧になったという研究報告がなされた。一日、20グラムの塩の摂取量はマウスの一日の摂取量の20倍で、人間であれば一日160~300gに相当する。ひとは通常、一日最低平均10グラム摂取しているのに比べ、驚異的な量にあたり、むしろ四匹のマウスが生き残ったことの方が奇跡ともいえよう。

彼の塩分元凶説を裏付けたのが米国のL・K・ダール博士の調査報告である。1954年に世界の異なる民族について、食塩の摂取量と高血圧の発生率との関連を調べたところ、エスキモーの食塩摂取量は1日平均4gで、高血圧の発生率が2%と少ないことを報告した。さらに、1960年に秋田や青森での高血圧の調査をした結果、東北の寒冷な地方に高血圧や脳卒中の発生率が高いことに注目し、その原因は塩の過剰な摂取が高血圧の原因だという研究論文を発表した。

その内容は、一日に14gの塩を摂っていた南日本の高血圧の発生率が20%であったのに対して、平均27g~28gもの塩分を摂っていた東北地方では、40%という高い高血圧の発生率を示したことで、塩の過剰摂取が高血圧の原因だと、食塩摂取量と高血圧発生の因果関係を明らかにした。

このダールの報告が、わが国で減塩運動が始まる発端となったのである。しかし、

その後、多くの研究結果から、当時の東北地方は、他の地域に比べてたんぱく質やビタミンCの摂取が少なく、寒さという気候的な要因が高血圧に深く関係していたことが分かってきたのである。

 

3.世界一塩分を摂る長寿国

盲目的な減塩思想に対して、1998年、国際的に信頼の高い医学誌である『ランセット』に食塩と健康に関して、「十分な塩の摂取が、長寿に良い影響を与える」という塩分=悪という減塩思想を覆すような逆説的な研究論文が掲載された。

それは、米国の国民栄養調査で食塩摂取量と死亡率との関係について、25~75歳の20万7729人を対象に医学的調査が行われた結果、食塩摂取の最も少ないグループでの死亡率が高いことが判明したのだ。

その調査では、食塩摂取量を一日の最低平均2.64グラムから最高の11.52までの四つのグループに分け、全死亡率と比較してみると、食塩摂取量の最も少ないグループで最も死亡率が高く、食塩摂取量の最も多い四番目のグループの死亡率が最も低いことが実証された。この調査で死亡率だけではなく、脳卒中や心筋梗塞などの循環器系による死亡率も食塩摂取の少ないグループほど高かったというデータも報告され、この論文の著者であるM・H・アルダーマン博士は、多くの反論に対して、この調査結果から直ちに、食塩摂取量を増した方が良いとか、減塩が必要ではないとか言っているのではないと断り書きをいれたうえで「現在、世界の先進国の中で最も食塩摂取量の多い国民は日本人であり、そして世界で最長寿を享受しているのも日本人であることを思い起こしてほしい」と述べている。この研究から日本人の食文化の根幹に塩の存在が大きな力となっていることが示唆された。

なぜ、日本人はそんなに塩を摂る必要があるのか、その答えのひとつは、和食にある。主食のお米と野菜の食事が主流のため、それに含まれるカリウムとのバランスを保つために、ナトリウム(塩分)の摂取が生理的に欠かせないからである。

もうひとつの理由は、乾燥したヨーロッパに比べて、高温湿潤な気候に暮らす日本人は、汗の量が多く、健康的に暮らすのに毎日、風呂に入り汗を流し、味噌汁や漬物で塩分を補給するという、生活の知恵から生まれた生活習慣も関係している。

 

4.今も昔も変わらない塩の摂取量

ひとが生きるために塩はなくてはならないもので、ひとは生理的に一日に12グラムから15グラムの塩がどうしても必要だといわれている。三十年前の日本人の平均摂取量は二十五グラムといわれていたが、今は平均13グラムといわれる。

昔と比べて日本人の生活スタイルは一変し、食の西欧化が進み、塩を使う和食の減少傾向や、肉体労働の人口の減少、家事労働などが省力化、またエアコンの普及によって汗をかく機会が減ってきた。これら生活の変化により、塩の消費量は米と正比例して年々減少傾向にある。

昔、製鉄所の溶鉱炉で働く労働者や蒸気機関車の機関士など、汗をかく職業のひとたちは、ときどき塩を舐めながら仕事をしたといわれ、炎天下の労働や熱作業に従事する場合は、40グラムから50グラムほどの塩分を摂らなければ、身体を壊してしまうからである。

日本の塩の需給は、江戸時代には藩の塩台帳、明治には専売公社において詳細に記録され、非常に正確な史料が残っている。瀬戸内の塩の研究家、廣山堯道の著『塩の日本史』のなかで、江戸時代の塩の消費量と今日の日本人が毎日摂取している塩の量はほとんど変わっていないという調査結果が記されている。なかでも寒冷地の内陸部では、年間の塩分補給に自家製の味噌・醤油、副食の漬物、塩干物などに大量の塩が消費され、一日一人当たりの塩の摂取量は約40グラムと計算される。

ひとの腎臓の塩の処理能力の上限は、医学的に一日当たり50グラムだといわれ、ひとり一日6グラム、8グラムなどと減塩が叫ばれているが、実態はその数倍多い摂取量なのではないか、と推測される。

財務省の食用塩の需要統計から、日本人一人当たりの消費量を推測した報告もある。ここ10年間の食用塩の生産量の平均は年140万トンと報告されているが、これを人口一億二千五百万人で割り、さらに365日で割ると、ひとり一日当たり約三十一グラムとなると試算した例もある。*(『テキスト自然塩』 日本自然塩普及会/1998)

これらの資料からも、日本人の塩の摂取量の実態は、今も昔も変わらない塩の摂取量だということが想像できる。

現在、厚労省の塩分摂取量の基準は、大人一日8グラムを目標に減塩指導をしている。日本人の平均的な塩分摂取量はひとり一日当たり13グラムといわれ、米国の一日当たりが6グラムと較べると倍近くの塩分を摂っていることになる。

米国などが導入している国際基準が低いのは、肉食や乳製品には多くのナトリウムが含まれているためで、食材の塩分相当量を加算すると、食塩摂取量は10パーセント近くになると計算され、ほぼ日本人と変わらないという意外な報告もある。

 

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Ⅰ.命は海から

1.生命を支える塩

ひとは進化していくにつれて、「内なる海」である体液の濃度を一定に保もつことで、生命を維持する仕組みができた。その役割を担っているのがミネラル「塩」である。

塩の浸透圧が体液の電解質のバランスを維持する力を発揮し、「ホメオスタシス」とよばる、生命の恒常性を維持しているのである。

60兆個の細胞のひとつひとつは細胞外液という塩化ナトリウムを主成分とする体液の中に浮かんでいる。正常に細胞の機能を維持するには、細胞外液と細胞内液の浸透圧が同じであることが必須の条件である。細胞外液の浸透圧が変動すると細胞が障害されるか、収縮して生命の危機におちいるので、細胞の縮み、膨らみ過ぎで細胞が壊れないように、塩の濃度をいつも一定に保たねばならないのである。

塩には水分バランスを整える働きがあるのだ。汗をかいたときや、塩辛いものを食べたあとで水を飲みたくなるのも、血液中の濃度をいつも一定に保つために、生理的に塩分の補給を求めるからである。

ひとの身体は60兆個の細胞から成り立っており、細胞外液の主なミネラルは、塩化ナトリウムで、細胞内液の大半はカリウムが占めている。ふたつのミネラルは、細胞膜のナトリウムチャンネル通して細胞に出入りし、細胞が正常に機能するように体液の濃度を調整している。

細胞外液と細胞内液の浸透圧が同じであることが必須の条件である。もし、細胞内液が外部よりも濃度が高くなると、濃度を一致させるために細胞外液から細胞膜を通して水分が入ってくる。すると細胞は水膨れし、細胞は破壊してしまう。これとは反対に細胞外液が内部よりも濃度が高いときには、細胞内液が出ていくために細胞がしぼんでしまう。このようにナトリウムとカリウムの電解質のバランスが崩れた状態は生命の危機を招く結果になる。

塩分バランスをコントロールに重要な役割を果たしているのが腎臓である。ひとの体内には、成人男性で約250グラムの塩分が含まれているといわれ、尿や汗となって塩分が失われていくため、つねに補充して血液の塩分濃度を常に一定に保つ必要がある。摂取した食塩は100%近く吸収されて体内に入り、血液中の塩分は腎臓の糸球体でろ過され、余分な塩分は尿として排泄される。血液が尿細管を通るあいだに、ほとんどの塩分が再吸収され、摂取したナトリウム量だけ排泄される。 

腎臓は塩分をいかに排泄するかではなく、いかに体内に残すかという方向に働いているのである。腎機能に障害のあると、ナトリウムの回収の働きが悪くなって高カリウム血症を招き、心臓に大きな負担をかけることになる。塩分を排泄する機能が低下すると、体液に塩分が溜り、塩分を排泄するのに高い血圧のちからが必要になる。

 

2.生命活動する塩の力

塩は塩化ナトリウムを主成分で、マグネシウム、カリウム、カルシウムなどの微量ミネラルを含んだミネラルの塊である。身体に入るとナトリウムイオンと塩素イオンとに分れ、腸に吸収されて血液に入り、全身を巡って細胞の新陳代謝を助ける働きがある。

最初の消化活動では、塩素イオンは胃酸の主成分となり、胃液や胆汁などの消化液となって、食べものの殺菌や消化活動を行う。強酸性の胃液で消化された食べ物は、弱アルカリ性の小腸に移動、酵素によって、ブドウ糖、アミノ酸、脂肪酸などの栄養素になって吸収され血液に運ばれる。

この際にナトリウムイオンが消化酵素の触媒の働きをサポートし、栄養分と酸素を全身に運ぶ役割を担う。このほか、腸の壁の老廃物の溶解と蠕動運動を高め、腸内の異常発酵を防止する効果を発揮するのである。

また、ナトリウムイオンには体液のpHを調整する働きがある。pHとは、酸性・アルカリ性を示す値で、炭酸ガスや有機酸、アミノ酸によって血液が酸性に傾くのを防ぐのに、常に血液のpHが7.4の弱アルカリ性に保つよう、酸・アルカリのバランスが維持されている。

ナトリウムイオンには触覚、聴覚、味覚などの刺激を神経細胞に化学反応や電気信号によって伝達し、心臓をはじめ筋肉を動かし神経を働かす役割がある。

刺激の伝達は、神経細胞を通して電気信号によって脳に伝わっていく。細胞外液には大量のナトリウムイオン、細胞内にはカリウムイオンがあり、イオンバランスによって細胞内はマイナスの電位を保っており、神経が刺激を受けるとナトリウムイオンが細胞内に流入し、細胞内の電位がプラスになる。

そして、少し時間をおいてカリウムイオンが流出し、元のマイナス電位に戻り、これによって電気信号が伝達される。ナトリウムイオンによる神経伝達は心臓をはじめ筋肉を動かし、カリウムは筋肉や血管の弛緩、神経の興奮の正常化、ナトリウムを尿として排出し、体液のバランスを保つのに働いている。先に述べたように細胞外液と細胞内液の浸透圧が等しく釣り合うことで、電解質バランスを保つ働きがある。

 

3.塩は活力の源

食べることは生きること。塩には食欲をわかせる力がある。塩味の刺激で食物が美味しく食べられる。ひとの生命を維持するうえで極めて重要な行為である。ひとは食欲によって生命を維持していると言っても過言ではない。

人間の体液には、電解質、アミノ酸、脂肪酸など、さまざまな栄養素が含まれ、細胞を養っている。栄養素を補わないでいると、体重が減少して深刻な状態となる。

古代中国では、塩は身体を温める陽性の食べものとされ、ひとを元気にする活力の源と考えられ、史記には、戦いに敗れた捕虜の兵には塩を与えないということが記されている。食事の塩気を抜くと、兵士は元気を失い、略奪や反乱などを起こさなくなって、大人しくなるからである。

兵には塩を与えないということが記され、塩気を抜くと、兵士は元気を失い、略奪や反乱などを起こさなくなって大人しくなるからである。

塩不足で無気力になる理由は、臓器の筋肉を動かす力が出なくなり、神経の伝達作用が低下していくからである。漢方では「肝腎かなめ」の腎とは、腎臓、生殖器、泌尿器を含めて生命力をさしており、塩分が不足すると、腎気が衰えるために、脱力、痙攣・しびれ、筋肉の機能障害などの症状が現れるといわれている。

同じ理由で、体液のミネラルバランスが崩れて自律神経失調症になり、消化・吸収や老廃物を体外に排泄する新陳代謝が衰える。それがもとで、過度の発汗、嘔吐、下痢、脱水症、不眠症などで体調を崩す、未病の兆しと診られている。

塩は身体を温めて元気にするだけではなく、体温を調節する働きがある。暑いときや運動をした後に汗をかいて水分を蒸発させて体表面の温度を下げる。逆に寒いときにはトイレか近くなるのは、体内の塩分濃度を高めて身体を温めようと尿を排泄し、体温を調節する。ロシアや北欧などの寒い国に住む人は、身体を温めるために塩辛いものを好む傾向が強いといわれる所以である

 

4.コラム 塩と草食動物

草食動物は、カリウムを多く含む植物を多食するため、ナトリウムの不足をきたし、塩分を欲しがるようになる。家畜の牛は一日に80グラム、馬は40グラムの塩を必要とし、カバは500グラムも摂取する。野生の象や鹿、牛などの草食動物は、塩分を含んだ塩泉、沼地にある「塩なめ場」を求めて、平原に群れをなして移動する。

民俗学者の宮本常一は著書『塩の道』のなかで、塩を運ぶ夜には、オオカミが来るから必ず焚火をして野宿したといわれ、山の中で働いている人たちは立ち木や壺の中に小便をすることを固く禁じられていた。壺に小便がたまるとオオカミだけではなく、鹿が舐めに来るので、そのときには必ず底の抜けた桶を使ったといわれる。

トナカイが人間に飼育されるようになったのも、人間の尿に含まれている塩分を舐めるために人間に捕獲され、家畜になったという話が伝わっている。

ライオンなどの肉食動物が塩を欲しがらないのは、獲物となる動物の肉にナトリウムが多く含まれているため、あえて塩分を摂取する必要がないからだといわれる。

また、塩は動物の繁殖に深く関わっており、アフリカ象の生息数とその土地の塩分濃度を調べたところ、繁殖率が高いという報告もあり、家畜の場合は、必要な塩分を充分摂らないと子を産まなくなり、順調に育たない。古くから家畜用の飼料には、鉄、銅、コバルト、ヨード、カルシウム、マグネシウムなどの入った固形塩がつくられている。

酪農業では、専売公社の高純度な食塩を与えると、流産や病気の発生がふえるので輸入天日塩を飼料に使っていたといわれている。

私たち人間も草食動物とおなじように、塩を摂取しなければ生きていけない生き物である。人間の歯が臼歯や小さな犬歯のかたちに進化してきたのは、祖先が食べていた食物が草や木の実、穀物であったことを物語っている。

ひとは生存するのに必要以上の塩嗜好があるのは、その根底に草食動物と同様にたえず食塩の欠乏に悩まされた苦い経験がインプットされていることが、現代人の塩中毒ともいえる塩の嗜好が強い原因だといわれる。

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Ⅰ.命は海から

1.生命の誕生

地球は、四十六年前に太陽系のほかの惑星と一緒に誕生。それから十億年後、原始の地球上の空気は、二酸化炭素、アンモニア、メタン、水素などの水蒸気に覆われ、それらの元素が雨となって降り注ぎ、海中に溶け込んだ。

そして無機物の元素が太陽の光、雷、放射線などのエネルギーによって、海の中で漂っていたアミノ酸や核酸が互いに反応し、地球上に生命体が誕生したという。

誕生したばかりの微生物はすべて単細胞であったが、やがて海の中に漂う有機物を利用して自分で栄養を作りだす光合成が始まり、無機物の二酸化炭素と水から炭水化物を作り出すことが可能になってくる。この際に酸素が放出され、やがて酸素を利用してエネルギーにする核をもった細胞が誕生、単細胞同士が合体して多細胞生物に進化していったのである。

生命の誕生には、このような「原始海洋起源説」のほかに、「地球外起源説」などが考えられている。1965年にオーストラリアのマーチソンに落下した隕石から、グリシン、アラニン、グルタミンといった数多くのアミノ酸が見つかったことから、宇宙に生命体が存在したという証拠ではないかと考えられている。その後の研究で、地球から5500光年離れた、宇宙空間に生命を構成するアミノ酸のもととなる物質が発見されたことで、地球以外の星にも生命が存在する期待が高まっている。

ひとの身体は60兆個の細胞で成り立っており、数十万から数百万のアミノ酸が長い鎖のように繋がった、たんぱく質でつくられている。細胞のひとつひとつに、同じ性質を伝えるために遺伝子のDNA (デオキシリボ核酸)をもっている。二十種類のアミノ酸を組み合わせた遺伝情報が書き込まれた「いのちの設計図」である。

地球上の生き物にはアミノ酸は不可欠な存在であるが、有機物のアミノ酸が単独では生命活動を支えることはできない。それには無機質のミネラル「塩」の助けが必要である。遺伝子DNAは、活性酸素などの有害な物質に傷つけられやすく、絶えず遺伝子の酸化と損傷を修復する体内酵素の働きで守られている。

酵素は、生体内で起こる化学反応に対して触媒として機能する細胞内でつくられるたんぱく質の分子で、生命活動に応じて、DNAが必要な酵素を設計する。

命を支えている、その酵素は、アミノ酸とミネラルでつくられている。()アミノ酸とミネラル(塩)の深い関係が、いのちを維持し身体を整え、食べものの味を創る源泉となるのだ。塩の物語は、ここから始まる。

 

2.内なる海

海という漢字は、ひとの母なる水を表し、海・産み・生みはともに発音が同じで共通の意味を持っている。仏教にも「すべての如来の寿命は海中にあり」という言葉があるように、地上の命あるものは、すべて海から生まれていることを表している。

また、西洋で健康を表すラテン語Salusは塩Saltに語源を持つ言葉で、塩は健康によいSalutaryという意味に通じているといわれる。

5億年前に脊椎動物の先祖が誕生し、4億年前に海から陸地にあがってきた。このとき生命を維持するのに必要な外部環境であった海水を身体の中に抱きかかえて上陸してきた。それがいのちを育む「内なる海」である。

1912年、フランスの学者、ルネ・ケントンは、いのちが内なる海で維持されていることを証明しようと、海水性の無脊椎動物と淡水性の無脊髄動物を使って、観察と実験を行い、三つの法則を発見した。

1.生命発生時の海の成分を保とうとする法則

2.生命発生時の海の温度を体温として保とうとする法則

3.生命発生時の海の濃度を保とうとする法則

この法則から生物体の血液と海水と海水のミネラル成分が非常によく似ていることを立証し、「生物体は内側に体液という海水をたたえ、細胞という魚群の泳いでいる養魚槽のようなものである」と内なる海を表現している。

内なる海を提唱したルネ・カントンは、すべての病気は、体内環境のミネラルバランスの乱れから起こる。ミネラルバランスを整えれば、病気が治り、健康が維持できると、その答えを生命が発生した古代原始の海の古代海水に求めた。

現在では、デポン紀の原始の海の海水と、現在のひとの体液のミネラル組成はほとんど一致していることが定説となっている。ひとが誕生する受精・受胎・懐妊・出産の過程は、すべて子宮の中で行われるが、母親の胎内で胎児が浮かんでいる羊水には、原始の海と同じ組成のナトリウム、塩素、カリウムなどのミネラ素を含まれているという。細胞が内なる海という体液の中に浮いている生命体は、細胞の外部環境である体液のミネラルバランスの崩れや化学物質の汚染により、病気を招く原因になると考えられているからである。

「内なる海」の発想は、“自然塩”こそ「ひとの食べる塩」だと主張する自然塩支持の理論的な拠りどころであり、かつての自然塩復活運動の原動力となっていた。

 

3塩は酵素のパートナー

長い進化の過程を経て、体内に「内なる海」を保持して上陸した海の中の生物にとって、大気の酸素やオゾン、紫外線、放射能は生命を脅かす存在であった。

それらは活性酸素の発生源となり、生命活動に必要な酵素を設計する細胞内の遺伝子DNAを傷つけるので、たえず遺伝子の酸化と損傷を修復する体内酵素の働きで守る仕組みが備わっている。それが活性酸素を分解・解毒する、抗酸化酵素であるSOD(スーパーオキサイドディスムターゼ)である。酵素は、タンパク質と亜鉛、鉄、セレンなどの微量ミネラルからできており、有機物や無機物を取り込み、生命維持に必要なさまざまな化学反応に対して触媒として機能するタンパク質の分子である。

酵素の働きは、植物の種が発芽して成長し花が咲いて実になる、卵が孵化しヒヨコが鶏に成長するのは、DNAに刻まれた情報がつくる酵素の働きによるものである。

生命を守る体内酵素には、大きく分けると「消化酵素と「代謝酵素」、そして食物に含まれる「食物酵素」の三つの酵素がある。

食べ物の消化には、胃液や胆汁に含まれる塩酸や重炭酸ナトリウムが関わっているが、それを吸収するには、炭水化物をブドウ糖にかえるアミラーゼ、たんぱく質を分解するアミノ酸、脂肪の分解にはリパーゼという消化酵素が働いている。運動、呼吸、脳の活動、それに自己免疫力と、ホルモンなど、生命活動のあらゆるところで代謝酵素が働いているのである。

消化酵素によってつくられた栄養素と肺から取り入れた酸素が細胞に運ばれ、細胞内のミトコンドリアで酸素を燃焼して生命に必要なエネルギーがつくられる。それを身体の中で働かせる役割を持っているのが代謝酵素である。

このように生命活動に必要な酵素は5000以上といわれ、ひとつの酵素にはひとつの働きしかしないという特性がある。化学薬品、人工添加物、農薬、炎症、たばこなどの解毒に大量の体内酵素が不足すると、身体の恒常性が保てなくなり、細胞の再生や修復が上手くできなくなるため、ホルモンのバランスや免疫力が低下していく。

そのためには消化酵素を節約し、代謝酵素の量を増やすこと、代謝酵素の働きをサポートする「食物酵素」の力を借りることが大切となる。食物酵素が豊富に含まれている、新鮮な生の野菜や果物、刺身、玄米、また納豆や味噌などの発酵食品の摂取により、体内の消化酵素を補う必要がある。体内酵素が働くには、ナトリウム、カリウム、マグネシウムなどのミネラル(塩)は欠かせない存在で、それがなければ体内酵素が効果的に触媒の役割を果たない。クルマの両輪のように、ミネラルは酵素の働きをサポートする重要な役割を担っている。

それゆえに栄養的にミネラルは、ビタミンと並んで酵素を助ける「補酵素」と呼ばれている。血液の鉄分は、ヘモグロビンという酵素によって身体に必要な酸素が供給される。補酵素は、化学反応に欠かせない物質である。

 

 

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