まえがき 塩のルネッサンス

 

 

 

和の塩の復活

海に囲まれたわが国では、むかしから海水から塩をつくっていたので、「塩」と「潮」は同義語である。塩は米塩の資といわれ、ひとが生きるためにはなくてはならない身近な存在である。塩に親しみを込めて“お塩”と呼んでいる。

塩はその国の食文化と深く関わっている。フランス料理、イタリア料理、中国料理、トルコ料理など、料理文化のある国々には、それぞれ独自の料理にふさわしい塩が存在しており、その地の気候や風土に適して育った食材を使い、多彩な料理がつくられている。わが国には岩塩、湖塩などの塩資源がなく、海水を原料とした塩づくりが行われてきたが、湿度が高く雨の多い気候のため、太陽と風による自然蒸発で結晶する天日塩の環境に恵まれていない。

そのため、最初に塩田で天日に晒して濃縮塩水をつくり、それを釜で加熱蒸発して塩の結晶を採取する、二つの工程で製塩する方法が発達、土器製塩に始まって以来、2000年に及ぶ塩田製塩が続いてきた歴史がある。

弥生時代に伝来した稲作と塩づくりは、歩調を合わせるように、温暖で多湿の気候風土が、カビや麹などの微生物が繁殖しやすく環境から、醤油・味噌、漬物などの発酵食品が生れ育ち、乾燥した西欧にはない独自の和食文化が醸成された。

淡い味の米とうま味のある塩味の調味料がつくる味覚は、日本人の遺伝子に深く刻まれている。表題の「和の塩」とは、この和食文化を支えてきた伝統の平釜で焚いた日本独自の自然海塩を意味している。

日本列島は海に取り囲まれており、塩資源は無尽蔵である。多くの人が塩は国内の海水からつくっていると思われているが、昭和46年(1971)のイオン交換膜製塩の転換以来、塩の自由化が始まる平成9年(1997)まで専売の法律によって国内の海水を使って塩をつくるは禁じられていたからである。

塩の自由化により、国が管理していた塩の製造、販売、輸入の垣根が外され、民間企業が自由に塩の業界に参入できるようになった。塩の流通では、商社や食品卸問屋の参入と海外塩の輸入・販売が自由化、世界各国から様々な塩が輸入される時代になった。製塩では、約50年ぶりに伝統的な国内の海水を使った平釜焚きの塩づくりが復活したのである。塩の自由化で塩の生産方式に制約がなくなり、日本の伝統的な平釜による塩づくりが各地の海辺で始められた。

平釜焚きは、じっくり時間をかけて塩の結晶を育て、攪拌の仕方によって結晶のかたちが異なってくる。塩職人の技と経験がものをいう。柔らかく溶けやすい、ふんわりと軽い、嵩のある塩である。微量のにがり成分が塩角を包んだまろやかな塩味が繊細な和食の味を創る。塩職人と料理人との切磋琢磨から、美味しい料理を創る塩がつくられ、その繊細な味覚が和食文化をつくってきたのである。

 

塩の近代工業化

昭和46年(1971)、流下式塩田を最後に2000年続いてきた塩田の製塩に幕が閉じられた。政府は全国の塩田を全面撤廃し、イオン交換膜製塩法に転換。海水から電気エネルギーを使って塩化ナトリウムを抽出した濃縮塩水をつくる、世界で初めての製塩法を採用、≪白い革命≫とよばれた。

これまでの天候に左右される農耕的な製塩からプラントによる工業的な大量生産を実現し、専売の長年の念願であった国民への塩の安定供給と低価格を達成した。

そして近代工業の発展でソーダ工業用の原料塩のニーズが増大し、塩化ナトリウムの純度の高い原料塩の高品質と低コストの塩を大量生産することを最優先し、ひたむきに邁進した。専売がめざしてきた純度主義が、イオン交換膜方式という日本独自の製塩法を生みだし、ついに純度99.9%、スリーナインの高純度な塩の実現という終着ゴールにたどり着いたのである。

そこには食用塩と工業塩を品質で区別する発想に乏しく、経済効率を第一にした塩の近代工業化の道をたどってきた専売の歴史がある。

化学工業的な製塩を後押ししたのは、70年代の高度経済成長期、工業廃水による河川の汚染による公害が発生し、深刻な社会問題に発展したことで、海水から水銀や重金属などの有害物質を取り除くのにイオン交換膜が採用されたといわれる。

この樹脂でできたイオン膜は、100万分の1mmという精度で有害物質を通さないことから、当時、塩の汚染を防ぐ安全性が高く評価された。

しかし、イオン交換膜製塩に転換したときに、従来の製塩業の一部からの塩田復活の声を契機に、自然食団体、有識者、料理人たちの自然塩復活運動へと広がり、5万名の署名を集め国会に陳情した。その結果、専売の輸入天日塩を淡水で溶解した濃厚な塩水に、にがりを加えて平釜で炊いた「にがり添加再製塩」の製造が許可された。それが当時‟自然塩”と呼ばれた「伯方の塩」、「赤穂の塩」、「シママース」の溶解・再製塩である。法律で国内の海水を使うことが禁止されていたことから生まれた妥協の産物といわれ、塩の加工品の特殊用塩に分類された。

自由化以前のわが国の食用塩は、イオン交換膜で海水から塩化ナトリウムを抽出した濃縮塩水を真空式蒸発釜で結晶化した食塩と輸入天日塩を淡水で溶解、再結晶した二つの塩が主流であった。年間約140万トンが大量生産され、その9割近くが専売塩であったが、あとは民間の平釜焚きの溶解・再製塩であった。

塩の近代化は、化学工業の進展により“食べる塩”が工業の原料塩へと変容していった軌跡であった。塩の自由化とは、消費者の視点にたって、料理の用途に合った食生活を豊かにする塩、和食に最適な塩の再生をめざす塩のルネッサンスである。

 

減塩思想の壁

現在、わが国の食生活は、朝食にパン食の家庭が半分を占めているように、食の西欧化が進んできている。食の自給率は40%を占め、コメの消費が年々減少し、それと比例して塩の消費量も減少傾向にある。

わが国の食用塩の消費量は近年平均140万トンで推移してきたが、2015年度の財務省統計では、約110万トンに減少してきている。(内訳: イオン交換膜製塩約95万トン、溶解再製塩と小規模の平釜製塩など約15万トン)

塩の消費量減少の背景は、加工食品の流通で塩の保存力に替わって、コールドチェーンや減塩商品の普及が挙げられるが、一番の原因は、味噌汁や漬物など塩分が多い和食の減少挙げられる。減塩の風潮は、益々、食の欧米化に拍車をかけ、高脂肪・高カロリーの食事に向かう。行き過ぎた減塩思想が伝統的な和食文化の伝承に大きな障壁となっている。塩の偏見を排除するには、まず、塩とは何か、塩はどのような働きをしているのか、「塩を知る」、塩の普遍的な価値を理解することが、生命への信頼を取り戻し、無意味な健康不安から解放される唯一の方法である。

マスコミがもたらす断片的な塩の情報は、塩の全体像を正しくとらえることを妨げ、根拠のない減塩思想の要因である。

第一章「塩の履歴」では、塩とは塩化ナトリウムNaClという化学的な塩の固定観念を脱皮して、塩は海水ミネラルの塊という視点から、塩の全体像と塩の素顔を通して、和の塩を理解する塩の基礎知識で始まる。

第二章「塩の力」は、塩の持つ働きである、「生命を維持する塩」「料理を美味しくする塩」のふたつの普遍的な価値をテーマにした。

塩は生命活動に欠かせない存在である。なぜ塩が命を支える力になっているのか、具体的に応えることに戸惑う。塩が生命を支える仕組みを見つめ直したい。

人は美味しい食べ物を求める。塩は食べ物を美味しくする、「味を創る力」がある。調理においては、塩の物理的、化学的な力を活かして、食材を食べやすくする、「調理する力」を備えている。料理・調理の世界で塩の果たしている役割と働きを再認識し、伝統的な塩の上手な使い方、選び方の手助けに役立つ情報を集めた。

第三章「和の塩」、第四章「和の塩の系譜」では、わが国の食文化と塩が両輪のように進化してきた和の塩の系譜をまとめた。「塩を知る」には、塩の知識だけでは、塩とは何か、ほんとうの塩の価値を知ることはできない。食文化のなかで塩の働きを知ることによって、初めて塩の普遍的な価値を知ることができる。

 

たかが塩、されど塩

今から50年前、日本専売公社の広報室が『塩の話あれこれ』というPR小冊子を発刊。このまえがきに「今、塩は生産から販売まで滑らかに流通し、安定した価格で、水や空気と同じように、一般家庭の台所につながっている。しかしあまりにも身近で、手に入りやすいために、塩の持つ貴重な価値が、ともすれば人々の脳裏から忘れがちではなかろうか」と書かれている。塩のことをあえて意識しないのは、50年前と今も少しも変わっていないような気がする。

歴史的な塩の自由化が始まり、消費者が店頭に並ぶ多数の塩の中からどの塩を選ぶか、塩を知ることによって、消費者の一人ひとりが塩の選択基準を持てば、わが国の食べる塩は変わる。塩業界は均一な工業的な塩だけではなく、豊かな食文化にふさわしい塩をつくり、食品加工や外食産業の塩の認識を変える大きな力なる。

塩の選択の自由の獲得は、消費者が塩を変えていく、塩のルネッサンスである。

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増田 幸右 について

1964-1968 武蔵野美術大学 グラフィックデザイン科卒業 1968-1994 広告代理店電通入社 クリエーティブ・ディレクター 2002-2004 立教大学大学院 修士課程 2003-2008 (株)GN21 経営コンサルタント 2007-2010 浦安図書館ボランティアBCU会員 2010-2014 企業ブランドアドバイザー 2006-2014 日本海水学会員
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