Ⅱ.調理する塩の力

 

1.料理を創る塩

2.塩の脱水・浸透力

3.和食を彩る漬物

4.タンパク質を変性する力

5.野菜・果物の変色を防ぐ力

6.発酵を調節する塩の力

Ⅱ.塩の作法

1.米と魚の料理文化

2.和食の原型-包丁文化

3.魚料理と塩

4.コラム 蒸し鯛

Ⅲ.使い勝手の良い塩

1.家庭で揃える塩

2.食品加工の塩の選択

3.軽い塩・フレーク塩

 

Ⅱ.調理する塩の力

 

1.料理を創る塩

料理は、はじめに食材を食べやすい大きさに加工し、煮る、焼く、茹でるという「調理」を経てから、好みの味付けをする「調味」の二つのプロセスを通して美味しい食事をつくる、食のデザインである。調味が‟味を創る”のに対して、調理は、塩の物理的、科学的な力を使って、‟料理を創る”違いがある。

調理は、いつごろから発祥したか。時雨音羽著の『塩と民族』によれば、「古代人は食物を生のままで採って食べていたが、ふとしたことから火で加熱すると食物に著しく好影響することを知ったのであろう」と、火を使い、狩猟した動物を火で焼いて食べることを覚えたのが、その始まりだと述べている。自然の食物を狩猟・採取していた石器時代から農耕と牧畜の定住生活がはじまった8千年から6千年前、土器で食物の煮炊きが行われるようになったのが、料理文化の始まりである。

人類は食べるために料理を工夫し、美味しさを求めるのは、人類共通の願望である。美味しく食べる工夫は、エジプトやユーフラテスの古代文明の頃に、パンを焼く炉が作られ、インド料理のナンを焼く釜は、古くからの技法が今に継承されている。

調理は、人が生き延びるための人類の知恵の集積である。自然の全ての食物がそのまま安心して食べることが出来るとは限らない。加熱によって有害な微生物の殺菌、食材に付着している毒物の無毒化が行われ、食の安全性が確保されることで、人は生き延びることができた。そして切る、刻む、すり潰すなどの調理で食べやすく、食物の消化吸収を助け、煮る、焼くなどの加熱により硬い穀物、根菜、魚介類の食物組織が変化して美味しく食べることができる。塩には料理を創る力がある。

 

2.塩の脱水・浸透力

食物の腐敗を防いで食物を保存するのに、乾燥、燻製、塩漬け、砂糖漬けなど、水分を取り除くことが基本である。塩漬けの保存は、浸透圧の力で、野菜や魚肉の細胞から水分を抜いて、腐敗菌などの微生物が生きられない環境をつくるからである。

塩分10%以上の塩水に食物を浸けると、微生物の細胞の原形質が分離を起こして、雑菌の繁殖が抑えられ、食物の長期保存が可能になる。

野菜に塩を振っておくとしんなりしてくる。この現象を「青菜に塩」という。塩の力を端的に表した言葉である。調理のさまざまな場面で塩の脱水・浸透力が利用され、塩の調理技術は、あえて意識することもなく、家庭で毎日の食事が作られている。

塩の脱水・浸透圧の力は、味噌醤油、漬物など、塩が介在した多彩な塩蔵食品をつくる源泉になっている。料理をする人には、すでに周知の調理方法である、塩の脱水・浸透力を応用した塩の効果のあれこれをピックアップしてみると…。

□キュウリは、塩もみすると水が染み出てパリッと引き締まり、歯触りのよい食感がえられるようになります。青臭さがとれ、調味料がよく浸透し、美味しく仕上がる。

□新鮮なアジやイワシなど魚の干物をつくるときに3%程の塩水に魚を漬けると生臭さがとれ、浸透圧で水分が抜けて早く干しあがり、程よい塩味になる。

□豆や里芋を煮るときに、塩をひとつまみ入れると、芯まで軟らかく煮上がる。

□数の子、塩漬魚、古漬けなど、そのままでは塩辛くて食えない塩蔵食品は、それらの塩分より濃い塩水に浸しおくと塩分を抜くことができる。

□冷凍マグロを刺身で美味しく食べるのには、塩水で塩抜きしたあと、布にくるんで冷蔵庫で水分をとってから刺身にすると、刺身のうま味が引き立つ。

□炒め物などでは、塩には野菜などの水分を吸い出す脱水作用があるので、水っぽくならないように最後に塩を加えるとよい。

□鰹だしをとるときに、火を止めたらすぐに、ひとつまみの塩を加えて漉すと、だしガラにうま味成分が吸着するのを防ぐことができる。

 

3.和食を彩る漬物

漬物は和食に欠かせない一品である。二千年前の弥生時代、茄子、青菜、蕪、大根などの野菜の塩漬けした、「草醤」が漬物のルーツである。

塩のちからは、高い浸透圧により野菜の水分を減らし、水分活性を下げることによって微生物の増殖を抑制、腐敗を防ぐ効果を発揮する。

このような塩の浸透圧・脱水作用によって、細胞内に含まれていた糖質、タンパク質が分解されたアミノ酸の培養液となって微生物が生育される。

そして乳酸菌や酵母によって培養液の成分が発酵してうま味が野菜に浸透し、特有の漬物の風味がでてくる。これが“漬かった”といわれる状態である。

また、塩には好塩菌や乳酸菌、酵母などの微生物の発酵を調整する働きがあります。従って塩分濃度が2%程度の浅漬けでは防腐効果はほとんど期待できないが、一般的に濃度10%以上で微生物の繁殖は抑えることができる。長期に保存するためには、味噌醤油のように17%以上の塩分濃度にしないと微生物の繁殖を十分に抑えることができないといわれている。

とくに夏季の温度が30℃内外のときに、食塩濃度5%では腐敗菌が盛んに生育し、20%の食塩濃度となれば、ほとんど微生物の活動は見られなくなる。塩が多いほど防腐力は強く、塩蔵食品になる。ただし、同じ食塩濃度でも乳酸菌や酵母が共存すると、防腐効果が高まり、乳酸による酸味が強くなって長期の保存が可能になる。

塩をした漬物の上から石などで重しをかけるのは、腐らないうちに早く水分を外に

出してしまう効果があるからで、漬物には、脱水されることによって食物繊維が、生野菜に較べて1.5倍ほど多く摂取できる。

その結果、乳酸菌が強い胃酸に影響されることもなく腸まで届くことから、腸内環境を整える効果がある。なかでも糠漬けは、糠に含まれるビタミンB群が漬物に移り、生の場合に較べてビタミンB1が4倍から10倍程度多くなるといわれている。

□漬け床や調味料による漬物の分類

塩漬け……菜漬け、梅干し

糠漬け……たくあん漬け、糠みそ漬け

粕漬け……奈良漬け、ワサビ漬け

みそ漬け・しょうゆ漬け……福神漬け

こうじ漬け……こうじ漬け、べったら漬け

甘露漬け……甘露漬け、こがね漬け。

甘酢漬け……すぐき、あちゃら漬け。千枚漬け

酸味漬け……酢漬け、ピクルス

*参考資料文化科学省「五訂増補日本食品標準成分表」

 

4.タンパク質を変性する力

塩には、たんぱく質を溶解する力と凝固する力の二つの変性する働きがある。

パンやうどん、ギョウザの生地を作るときに、1%から3%の塩水を混ぜてよく練ると、小麦粉のたんぱく質の粘性が増してふっくらとした生地ができる。小麦粉に含まれるタンパク質の繊維がからみあって、グルテンの形成を促して、粘り強い柔らかな生地になるからである。

一方、塩には肉や魚、卵などのタンパク質を加熱すると固める働きがある。凝固させる作用がある。魚肉の練り物をつくるのに塩を加えると、なめらかで弾力のあるすり身に仕上り、それを加熱すると歯ごたえのある蒲鉾やさつま揚げができあがる。

魚肉の筋肉の繊維を構成しているタンパク質が加熱によりゲル状になるからである。

練り物に使う塩は、塩化ナトリウムの純度の高い塩を使うと塩角のある味になるため、カルシウム、マグネシウムなど、にがりを含んだ海塩を使って淡い味に仕上げる。

蒲鉾業界は塩の自由化が始まると、他の食品業界に先駆けて、伝統的な自然塩をつくる製塩メーカーと塩の蒲鉾にもっとも合う塩の共同開発に力を入れた。

ステーキを焼くときには、直前に振り塩をする。先に塩こしょうして、しばらくおくと浸透圧の作用で、肉のうま味が出てしまうからである。溶けにくい大粒の岩塩を振り塩すると、表面のタンパク質が熱で凝固し、肉のうま味が流れでるのを防ぐ。また煮魚の場合も同様に、沸騰してきてから入れる。こうすることによって魚の煮くずれを防ぐ効果があり、美味しく食べられる。鯉の刺身の洗いは、熱湯に一瞬に通す{≪湯引≫で、表面のたんぱく質を固め、それを冷やすと、白く縮れて生臭みが取れる。

このほか、塩のたんぱく質を変容させる力には、ミネラルの置換作用がある。カリフラワーやジャガイモ、里芋などを茹でるときに塩を入れると、野菜の固い細胞膜のカルシウムやマグネシウムがナトリウムと置き換わり、野菜を柔らかくする働きがある。

湯豆腐に塩を入れると、タンパク質を固めるにがり成分と置き換わって豆腐が固くなるのを防いで柔らかさを保ち、美味しい湯豆腐になる。

*蒲鉾写真 「小田原籠清」謹製

 

5.野菜・果物の変色を防ぐ力

りんごや桃の皮をむいて切ったとき、しばらくすると褐色に変色する。それらの果物の中にふくまれているポリフェノールの酵素が空気の酸素に触れて活性化し、酸化するからである。皮をむいたら、ひとつまみの塩水に浸すだけで酵素の活性が抑えられて変色を防ぐことができる。同時にビタミンCの酸化を防いで保護される。

フライドポテトを作るときにも、スライスしたじゃがいもを塩水にしばらく浸しておくと、酸化を防止することができる。青菜を茹でるときには湯に2%ほどのひとつまみの塩をくわえると鮮やかな緑色になって見映えのよく茹であがる。青菜の色素のクロロフィルが加熱により塩のナトリウムと結合して緑色が維持される。「色止め」とよばれる。

 

□塩の≪ひとつまみ≫の目分量

塩のひとつまみとは、親指と人差し指、中指の三本の指でつまんだ量をいう。(約0.6g)小さじ一杯は約6グラム、大匙一杯が約15グラム、塩一握りは約25グラム。

 

6.発酵を調節する塩の力

塩と麹による発酵は、パン、ソーセージ、チーズ、酒、漬物、味噌醤油、魚醤など、数多くの発酵食品や調味料が生まれた源泉である。

腐敗と発酵について、19世紀、仏のルイ・パスツールにより、酒、ワインなどの発酵は酵母菌の微生物の働きであることが発見された。塩を加えた食品が腐敗しないで長期間保存できるのは、塩自体に腐敗を防ぐ力があるのではなく、塩の浸透圧によって細菌の細胞内の水分が脱水され、増殖に必要な水分が不足するために細菌が繁殖できない環境がつくられるからである。

しかし、濃い塩分のなかでも繁殖できる耐塩菌、好塩菌と呼ばれる微生物がいる。微生物の細胞内にカリウムなどが蓄積されており、細胞外の塩分濃度と同じ浸透圧を保っているので塩のなかでも生きられる。塩には、腐敗菌の増殖を抑えながら、有用なカビや酵母、乳酸菌などの微生物を調整し、発酵の環境をつくる働きがある。

一般の腐敗菌は、10%以下の塩分濃度で発育が阻止されるが、酵母の中には、20%、カビでは25%くらいの濃度にも耐えるものがある。

塩分濃度や気候や水質の違いによって、微生物の繁殖の速度や働き方に微妙な違いがある。塩田でつくる天日塩には微生物が育つのに必要な栄養があり、温度も高いので、好塩菌が繁殖するのに適した環境にあるので、ときには塩田が好塩性の微生物で赤色に染まることがある。収穫後に塩水で洗浄すると元の白い塩になる。

好塩性の微生物は通常、人体に害を及ぼすことはないが、貯蔵中に汚染された天日塩によって塩漬魚が変色したり、魚の干物がピンク色に腐敗することがある。その点で加熱殺菌された塩を使えば、その心配はなく、安心して塩蔵食品に使うことができるが、塩化ナトリウムの純度の高い塩では、発酵が上手くいかない。

梅干しづくりの研究では、にがり添加の再製塩や自然海塩がもっとも適しているとの研究報告があり、海水塩に含まれるにがり(微量ミネラル)の働きが発酵に深く関わっていることが立証されている。

かつて、塩田からイオン交換膜の製塩に転換されたとき、ちょうどアメリカから返還された沖縄では、これまで塩田の自然塩から、イオン膜塩に一変したため、地元のモズクや、豚の塩漬けが腐る、漬物がうまく漬からないなどの「塩騒動」が起きたことがある。その後、専売公社は、こうした消費者の不満に応えて、イオン膜塩ににがりやリンゴ酸などを添加した「漬物塩」を発売した。歴史的な経緯からも、海水ミネラルの塊の塩にこそ、発酵をコントロールする力があることがよく分かる。

 

Ⅱ.塩の作法

1.米と魚の料理文化

2.和食の原型-包丁文化

3.魚料理と塩

4.コラム 蒸し鯛

 

1.米と魚の料理文化

わが国には飛鳥時代から明治に至るまで、1300年にわたって肉食を排してきた食文化の歴史がある。肉食をタブー視した料理文化の発達は、日本独自の一汁三菜の和食をあみだした源泉となっている。

わが国に中国の唐、隋から仏教思想がとりいれた律令国家が成立すると、仏教思想の殺生を禁じる戒律によって肉食が禁じられた。ことの発端は、608年に天武天皇は肉食禁止令を公布である。その背景には仏教思想の影響だけではなく、米は聖なる食物であり、肉食は稲作に障害をもたらすとされ、稲の順調な実りを願って肉食を排除したといわれている。

大和朝廷を頂点とする古代社会では、すでに豊かな米の収穫が富と権力を維持する社会が育っていた。それ以来、江戸時代の石高制度にいたるまで、米を国の政治経済の中心に置いた社会が続いた。昔から、生活に欠かせないものを「米塩の資」とよんでいたように、米と塩は生きていくのに貴重な存在である。

アジア・モンスーン地帯の稲作文化の国々のタンパク源は主に豚肉と魚であるが、

海に囲まれたわが国は、海の幸に恵まれていたので、肉食に替わるタンパク源として魚に価値をおいた食文化が発達した要因となっている。

山村では水田の片隅に魚が生息する溜池が設けられ、鮒やドジョウなどの小魚を獲り、いろりで乾燥し燻製にして保存食にしていた。腐りやすい魚の保存が、塩と米で漬け込むことで発酵し、鮒寿司のような馴れずしが誕生した。

米と魚の料理文化では、脂肪の多い豚肉の濃い味をさけて、鰹の煎汁などの魚のうま味の出汁を基本とした料理が発展、旬の野菜を活かした精進料理や季節を表現した懐石料理などの料理様式が発達した。米と魚と塩は和食の源流となっている。

 

2.和食の原型-包丁文化

室町時代は、農業生産が飛躍的に増加し、城下町の市場では、商品の流通が活発化し、能や茶道、庭園の芸術文化、禅の色彩の濃い懐石料理などの食文化が誕生し、日本人の衣食住の生活の原型がつくられた時代である。

古代の魚料理は、新鮮な魚を生のまま細かく切って酢に漬けて「なます」にして食べていたが、室町時代には、新鮮な魚をきれいに切りわけて刺身をつくる包丁文化が、調理の流儀となっていた。包丁文化が、和食の刺身の原型となっている。

公家や武家に仕えて鯉や鯛、鮎などの刺身、焼魚を調理する料理人は、「包丁人」とよばれ、宴席で魚や鳥をさばき、まな板の上に並べる演技を披露するもので、平安時代から朝廷や、貴族社会の人々のあいだで、宮中行事の一つとして行われ、その代表的なのが「四条流包丁儀式」である。烏帽子(えぼし)に直垂(ひたたれ)をまとった姿で、包丁刀と真魚箸(まなばし)のみを用いて、まな板の上の鯉・真鯛・真魚鰹など、食材に一切手を触れることなく魚をさばいていく。古式に則った所作とその包丁さばきを披露し、伝統の熟練の技を伝える厳粛な儀式として今に伝承され、板前の調理法の系譜となっている。

包丁文化が盛んになる一方で、禅宗寺院の庫院(台所)では、「調菜人」という役僧がいて精進料理をつくっており、豆腐、湯葉理にはじまり、京漬物、餅など、禅寺の調菜が作る料理法が京の庶民に広がり、京料理の原点となっている。

室町時代には、味噌・醤油の調味料が一般庶民にも普及し、一日三度の食事の習慣が定着、鎌倉時代に禅寺で発展した精進料理の高い調理技術が継承され、食文化に強い影響を与えている。今日のご飯を主食とした一汁三菜の和食のかたちが出来上がった。室町時代の料理文化は、包丁人と調菜人の二つの調理の世界が融合して、日本料理の基礎が出来たのである。

*写真 平安時代の厨房 「春日権現験記絵」東京国立博物館蔵

 

3.魚料理と塩の作法

米と魚の調味・調理を支えてきた立役者は塩である。米と魚は無塩の食物のため、ご飯と魚を食べるのに塩味は不可欠な存在である。塩が加わることではじめて美味しさが味覚される。板前の世界に、「塩振り三年」という料理修行のことわざがある。

料理が出来上がるまでに、料理の下ごしらえ、調理、味付けと多岐にわたって、塩が使われる。板前は、塩を上手に使う修業を重ねて技と知識を身につける。

魚料理ができ上がるまでに、料理人は三度の塩を使う。はじめに魚の鱗と内臓を取り除いて、軽く振り塩をして塩をすり込み、水洗いして魚のぬめりを取る。そして下処理の塩洗いを終えたあと、魚の水気や臭みを抜く塩じめをする。

焼き魚にする場合には、魚の表面にまんべんなく振り塩をする。すると塩の浸透圧で適度に水分を抜け、焦げ目がつきやすくなり、身崩れを防ぐことができる。最後の仕上げは、焼く前に、もう一度魚に振り塩をして20分位おいてから焼くと表面がパリッとし、中がふっくらとした香ばしい匂いの焼魚に仕上がる。

魚料理は、新鮮さや生きの良さを重んじる料理で、魚料理の格言に「生で食え、焼いて食え、それでもだめなら煮て食え」という教えがある。新鮮なうちは刺身に、少し鮮度が落ちたら焼き魚、煮るのは最後だという。鮮度に応じた使い分けが、刺身、焼き魚、煮付け、天ぷらなど多彩な魚料理に展開され、和食の食卓を飾る。

魚料理に使う塩は、それぞれの場面で、しっとり湿った塩、サラサラとした塩、仕上げの塩など、塩の使い分けが魚料理を美味しくするコツである。

世界で一番、魚を美味しく食べる、伝統的な塩の作法のある国は日本だけである。

ちなみに、海外の和食ブームで代表的な料理の寿司が美味しくなったのは、日本人の鮮度の高い魚の見分け方や血抜きして生臭みのない刺身をつくることを伝授したからだもといわれている。

 

振り塩

調理前の魚や肉に塩を振ることを「振り塩」という。魚や肉にまんべんなく塩を振るのに、手のひらに塩をのせ、魚の表面に均一に振りかける。一尺(30センチ)もの高いところから振るというので尺塩ともいわれる。

主に魚の塩焼きに使われる伝統的な使い方で、魚にまんべんなく塩を振ることによって、魚の水分を引き出して身が引き締まり、生臭みが抜ける。焼いたときにすばやく表面が固まるので、うま味が逃げずに身崩れを防ぐ。焼き魚では、重さの2%から3%を目安に調理の30分から時間前に振り塩をする。肉であれば重さの1%を目安に、調理の直前に均等に振り塩するのが、美味しく仕上がるコツである。振り塩は、薄塩、甘塩、強塩と使い分け、白身魚や切身には薄塩、油分の多い青魚や身の厚いものには強塩にするとよい。

 

立て塩

魚貝類を洗うときに塩水を使うと、うま味が逃げないで余分な水分を吸わなくなる。「立て塩」といい、3%~4%の塩水で魚介類を洗って、軽く塩味を浸み込ませる。魚介類を立て塩することによって、均一にうっすらと塩味がつき歯触りも良くなる。塩味のアジやイワシなどの干物づくりでは立て塩にしてから天日干しをするとうま味が増す。野菜や果物を立て塩に浸けると、変色を防ぎ、見た目を美しくする色止め効果がある。

 

べた塩

魚全体に塩をまぶしつける方法から「あべかわ塩」ともよばれ、適度に魚の身をひきしめ、味をよくする、塩じめのひとつである。コハダなどの寿司ねたや白身の魚を酢でしめるときに、あらかじめ塩をして魚の身を締めておき、薄めた酢で塩を洗い流したあとに、もう一度、酢でしめると魚の臭さがとれて魚肉がしまり、歯触りがよい酢のものができる。

 

紙塩 

魚を水に濡らした和紙で包んで、その上から振り塩をすることを「紙塩」といい、濡れた和紙の水分で塩が溶け、食材に塩をしみ込ませるもので、魚に直接塩をあてないので、紙に浸みこんだ水分が均等にゆきわたり、上品でまろやかな塩焼に仕上がる。昔の塩は、にがりを多く含んだ差塩が多く、にがりの雑味を除くため、紙塩が用いられていたといわれている。

 

化粧塩

鯛やあじ、鮎など、姿のまま塩焼きにするとき、美しく焼き上げるために、魚を焼く前に塩を振り、強火で焼くと塩がきれいに白く浮きでてくる。これを「化粧塩」といい、塩をたっぷりつけて焼くので魚の皮が焦げにくく、皮がパリッと焼き上がり、味も香りも良くなる。とくに焦げやすい魚のヒレや尾に厚めに塩で覆うと、ヒレが崩れずにきれいな姿に焼き上がる。

 

鮎の踊り串

鮎の塩焼きは、まるで鮎が泳いでいるような姿に仕上げるために、頭の下から串を入れ、縫うようにして尾に刺して焼く「踊り串」にする。鮎の塩焼きは、焼きたての熱々をタデ酢で食べるのが鮎料理の定番である。

ちなみに、塩焼きを上手に食べる方法は、箸で皮と身を分け、頭を指で持って箸で身をはさんで引き分けると頭付きの骨が抜けやすい。化粧塩されたヒレを取り去り、頭と尾を両手で持って鮎の背肉からかぶりつくのも楽しい食べ方である。

 

呼び塩

塩漬けした食材の塩分を抜くときに、真水ではなく薄い塩水に浸すと、真水に浸すよりも早く塩が抜け、うま味成分が溶けないで上手に塩抜きができる。これは、塩の浸透圧を利用したもので、塩漬けの塩分が塩水に移るため、塩が塩を呼ぶことからこの名がついたといわれ、冷凍の鮪の切り身を解凍するのに、呼び塩にしてから冷蔵庫で自然解凍すると刺身の旨味と弾力が損なわれないで美味しく食べる秘訣である。

 

魚の塩じめ・酢じめ・昆布じめ

魚は塩や酢にあてて、昆布の間に挟んでおくと浸透圧で脱水し、生臭さがとれて身がしまり、美味しくなる。塩じめ、酢じめ、昆布じめといわれる調理法である。

鰯や鯵などは三枚におろして塩じめにしてから酢でしめると、魚のたんぱく質が固まり、弾力性がでてくる。酢じめは、塩じめした後に酢水で洗うもので、鰯や鯵などの身の柔らかな魚は、塩で軽くしめないと身が柔らかくなってしまう。またサバのように皮に寄生虫がついている青魚は、酢でしめて殺菌する。

江戸前寿司の魚のネタには、コハダは、酢じめで泥臭さを消し、キスや平目などの淡白な白身魚は、軽く塩をしてから昆布に挟み、昆布のうま味が移った寿司ネタが使われる。塩じめ・酢じめは、本来、生魚の腐敗を防ぐ知恵でもあった。

かつて朝廷に献納された海の幸は、日本海の若狭湾で獲れた魚を塩じめにして都に運ばれていたが、京の都に着く頃には、食べごろになり、そこから昆布と酢でしめた鯖寿司の「バッテラ」が誕生した。鯖の塩漬けを京都に運んだ道は、いまも鯖街道とよばれている。京料理の「若狭ぐじ」は、その上品な風味が珍重され、その赤みがかった姿かたちも美しく、八月の旬には、昆布じめ、西京漬け、蒸しものといろんな料理になって登場。若狭焼きの香ばしい焼魚の匂いと上品な美味しさは、京の都の人々が待ち焦がれた旬の味覚である。

 

コラム 鯛の浜蒸し

鯛が一番美味いときは、四月から五月ごろ、産卵期の色鮮やかになる季節である。

桜が咲く季節になると、深い海から浅瀬に鯛の群れがやってくる。鯛は、色も姿も美しい魚で、その淡白な味が好まれ、昔から日本料理の主役に登場する魚である。

新鮮な鯛は、うろこ以外すべて食べられるといわれ、刺身、白焼、昆布じめ、頭の潮汁、肝の塩茹、さらに腸の塩辛にと、多様な魚料理を楽しむことができる。

焼き魚をほぐした鯛の身は鯛飯、ちらし寿司など、さまざまな加工食品の食材としても広く使われている。

昔から、この季節になると瀬戸内の明石では「明石鯛」、鳴門では「鳴門鯛」の浜蒸しが地元の風物詩となっている。いずれの土地もかつて塩田が盛んなところで、釜からできあがった熱い塩をすくい取り、その上に鯛を並べ、熱い塩をのせて蒸し焼きにしたもので、浜蒸し、塩蒸しとよばれている郷土の特産品である。

浜蒸しは、鯛の淡白な味にほどよい塩味が浸みこんで、上品な風味がある料理である。その始まりは、赤穂の中村の漁師が秀吉の朝鮮出兵の兵役を逃れるために、一計を案じて、自分が獲った魚の浜蒸しと釜焚きの塩を携帯食として秀吉の宿舎へ持参したところ、これが部将たちに大変喜ばれ、徴発を免じられたうえに、西下軍の携帯食になり、分限者になったという逸話がある。

それ以来、瀬戸内各地の塩田でも鯛の浜蒸しがつくられるようになって、瀬戸内の名物となった。明治の専売制度が施行されると、浜人が専売局の買い上げ前に浜蒸しに塩を使用することが厳しく禁じられた。日清戦争で大本営が広島に移ったときに、味野の塩業家、野崎家より鯛の浜蒸しが献上され、明治天皇は大変喜ばれて賞味されたと言い伝えられている。

 

Ⅲ.使い勝手の良い塩 

 

1.家庭で揃える塩

家庭で使う塩は、塩粒の大きさ、結晶形、湿り気など、塩の物性が料理に大きく影響し、使い勝手の良い悪いが決まる。塩粒が適度に細かい塩は、どんな料理にも幅広くつかえる汎用性のある塩である。

家庭で料理や食卓塩につかう塩を選ぶ際、「細かめの塩」「サラサラした塩」「粗めの塩」の三種類の塩粒の異なる塩を揃えると、料理・調理にあわせて使い分けすることができて、便利で料理の幅が広がってくる。

細かめの塩には、しっとりとした塩とサラサラした塩の二通りある。細かいパウダー状の塩は溶けやすく、粥や雑炊など汁気のあるものの味付けに適し、しっとりと湿り気のある塩は、付着性が求められる、塩もみ、一夜漬け、立て塩(塩水の塩浸け)、などの調理に適している。サラサラした塩は、振り塩としてもっとも汎用性が高く、サラダ、煮物、魚料理、食卓塩などに幅広く使うことができる、万能型の塩である。

粗めの塩は、塩分の溶けるのが遅く、徐々に食材に浸透していくので、煮物や漬物に加えると、柔らかく味の浸みて美味しく仕上がる。ステーキを焼く直前に、塩・コショウすると、肉の旨みを閉じ込め、粒々の食感を楽しむことができる。

塩の商品ラベルには表示されていないが、塩の結晶形によっても、塩の使い勝手が違っているケースもある。塩を結晶化する釜が、真空蒸発釜で大量生産された塩の結晶は、通常、正六面体のサイコロ状の結晶体であるが、液表で蒸発された平釜の塩の結晶は、不定形で、付着しやすい軽い塩に仕上がる。溶けやすいので、酢の物、ドレッシング、ごま塩などの混ぜ塩に適し、天ぷら、白身の刺身などの付け塩につかうと一味違った味を楽しむことができる。

その反面、高温で結晶したサイコロ状の塩は、硬くて溶けにくいので、漬物に使う場合、付着性が弱く、下に落ちてしまうデメリットがある。昔から塩漬け魚には、無定形で樹枝状の平釜焚きの塩が使われている。

欧米の塩商品には、日本と比べて料理につかう塩の用途が明記されているものが多い。フライドポテトや焼き上げた肉などに振りかける塩は、マルドンソルトやフルールド・セルのような結晶形の大きい塩を使うと味の違いを強調できる。パスタを茹でるときやスープの味付けなどには大粒の粗塩を使う、サラダや茹で野菜などには、溶けやすい結晶のフレーク塩など、塩の形状によって、料理の美味しさが異なるという。

(*バート・ウォルク『料理の科学 1』楽工社)

次に塩を選ぶ際、味の良し悪しの好みがある。ピリッとした塩角の強い、純度の高い食塩か、甘味のあるまろやかな塩か、実際に舐めた塩の味覚の違いで選ぶひとも多い。ある新聞社が、塩の自由化後に、家庭で実際に使われている塩の動向を調査した結果、従来の食塩とにがり添加塩の比率が6対4と、自然塩とよばれていた塩が急伸し、食塩(旧専売塩のイオン膜塩)のシェアが減少したのが報告されていた。

沖縄のある島では、見学客に、コップに溶かした食塩と自社の海水塩を見比べ、食塩が白く濁るのを示して自社の塩をPRしている場面を思い出す。こうした体験やマスコミ情報が功を奏した結果が、この数字に反映しているのだろう。

□塩の分類と種類

塩資源による分類-岩塩・海塩・湖塩・岩塩泉・井塩・土塩

製塩法による分類-イオン膜+立釜・天日+平釜、溶解再結晶・焼塩・粉砕・採掘

結晶形による分類-正立方体・無定形・フレーク塩・樹枝状・顆粒

粒の大きさの分類-微粒塩・中粒塩・大粒塩

純度による分類-高純度塩(食塩)99%以上・中純度塩95%平均・低純度塩90%以下

法律による分類-イオン交換膜製塩塩(センター塩)・特殊製法塩(平釜塩)

価格による分類-安い順にイオン塩・ニガリ再製塩・自然海塩

 

2.食品加工の塩の選択

わが国の食品加工用の塩のほとんどは、イオン交換膜と真空式蒸発釜で量産された食塩と、輸入天日塩を溶解し、同じ釜で結晶化した精製塩が使われている。

にがりの含まれた家庭用塩と異なって、純度の高く効率的で経済性を兼ねた塩が重視され、安全性が保障された清潔な塩が求められる。

精製塩は、生産地で泥、鉄さびなどの汚れを濃縮塩水で洗い落とした天日塩を溶解・再結晶したもので、蒸発釜の熱効率をよくするために、事前にアルカリやソーダ灰を入れ、スケール(湯あか)の原因となるマグネシウムや炭酸カルシウム、石膏などの不純物を取り除いてから煮詰めた塩で、限りなく100%に近い高純度の塩となる。

食品加工に適した塩の選択に際して、塩の結晶形、粒径と均一性、乾燥度をもとに、サラサラした流動性、素材に付きやすい付着性、水に速く溶ける溶解性、見かけの塩密度の嵩比重、食材によく混ざる混合性等が加工食品の重要な指標となる。

製塩会社と顧客は、いくつかの要素を組み合わして、それぞれの加工食品にもっとも適切な塩を塩を選択する。

食品加工業界では、量産に対応して食品加工の自動化が導入され、それにともない食品加工に使われる塩も、機械に適合した性格の塩が求められている。

大手食品業界では、塩を計量し、均一な味になるように自動機械化されているので、水分を含んだ湿った塩は不適合で、サラサラした乾燥塩が求められ、塩の結晶の粒を一定の幅に揃えることが重要な条件となる。塩の効率は重量で決まるので、均一の味を維持するのにも粒の大きさを調えるが不可欠となるからである。

消費社会を迎えた70年代、インスタント食品、レトルト食品、カレールーと続々と加工食品が市場に登場した。当時の塩には、塩の粒を揃えるという発想がなく、大手の食品会社では、塩を計量して空気で塩を送るのに、塩の細かいパウダーが舞って正確な塩の量が測れないという問題を抱えていた。そのためにアメリカから均一な塩粒i選り分ける篩(ふるい)の技術を導入。塩の機械の適性を解決したばかりではなく、食品の用途に合った特徴のある多彩な塩の商品開発が可能になったのである。

 □食品加工用の塩の種類

食塩 イオン交換膜方式+真空蒸発缶でつくられる純度99%以上の乾燥塩。

平均粒径0.4mmにがり分2%含む。主な用途は食酢、ソースなどの調味料、加工

食品などに幅広く使われ、家庭用小袋は、塩事業センターから販売。

特級精製塩-輸入天日塩を溶解再結晶した塩化ナトリウム純度99.8%以上の塩。

高純度な乾燥塩で、主な用途は、スープの素、カレールー、パン、麺類、レトルト食

品、魚の練り製品、ソース類。

精製塩-塩化ナトリウム純度99.5%以上で、用途は特級精製塩と同じ。両方とも、

溶解・固結防止のため、塩基性炭酸マグネシウム基準0.3%を添加。

微粒塩-純度99.7% 溶解性、分散性が優れ、お茶漬け、胡麻塩、マヨネーズ

バター、チーズどの乳製品、練り製品、肉加工に使用。

並塩-イオン交換膜法で製塩、純度95%以上、水分約1.4% 、平均粒径0.4mm

で、業務用の味噌、麺類、たらこなどの魚卵加工などの一次加工に使用。

白塩-並塩の大粒タイプで、純度93%以上。主な用途は漬物、醤油業界で使用。

粉砕塩・原塩-海外輸入塩を粉砕・洗浄した塩で、純度95%以上。味噌醤油、漬物に使用。にがり添加再製塩の原料としても使用。

 

3.軽い塩・フレーク塩

真空式蒸気缶で工業的に大量生産される塩の結晶形の基本は、正立方体であるが、製塩技術の向上によって、結晶形を自在に変えることができるようになった。

真空式蒸発缶の中で結晶が育つ過程で濃縮海水の流し方を変えると、結晶の角が取れて凸レンズ型の塩や球状の塩になり、媒晶剤のミネラルやアミノ酸などを入れることによって、いろんな結晶形に変化した塩がつくられる。

真空式蒸発釜のなかで結晶のかたちを変えることによって、塩の性格が異なってくるので、食品加工に最も適した塩をつくることができる。この技術を使った塩にフレーク塩がある。結晶が不定形で、嵩密度が小さく、同じ容量で重さが約半分という軽い塩である。天日塩田のフルール・ド・セルのように“ふんわりした柔らかな塩”で、塩味の幅が広く、料理の微妙な塩加減ができる。

混合性、溶解性、付着性に優れており、インスタント食品、カレールー、だしの素、うどん、ハム・ソーセージなど食品加工に幅広く使われている。

塩味の幅が広く、料理の微妙な塩加減ができる塩で、和食の汁物、煮物など、微妙な塩加減を調整できる、使い勝手の良い塩である。

フレーク塩は、19世紀の米国ミシガンが発祥地とされ、森林に恵まれたミシガンは木材産業で栄えたところで、製材工場の兼価な廃材を利用して塩水を平釜に入れて、

蒸気で加熱した塩である。液表面で塩の結晶ができる、この軽い塩は、「アルバーガー・ソルト」とよばれ、1887年にはアメリカ塩市場の49%を占め、缶詰、食肉加工、バター、チーズなど食品加工に広く使われている。

わが国の家庭の食卓で使われている代表的なフレーク塩の用途は、胡麻塩で、軽

く嵩密度が小さいので、塩と胡麻が一緒に振りかけることができる利点がある。

また酢の物やドレッシングを作るときは、結晶が固く溶けにくい食塩を使うよりも、フレーク塩のように溶けやすい塩を使う方が望ましく、使い勝手の良い塩である。

 

□塩の重さの比較(1cm平方)

食塩、精製塩 1.3~1.4g

焼き塩     0.9~1.1g

ニガリ添加塩 0.8~1.0g

フレーク塩   0.6~0.8g

 

 

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増田 幸右 について

1964-1968 武蔵野美術大学 グラフィックデザイン科卒業 1968-1994 広告代理店電通入社 クリエーティブ・ディレクター 2002-2004 立教大学大学院 修士課程 2003-2008 (株)GN21 経営コンサルタント 2007-2010 浦安図書館ボランティアBCU会員 2010-2014 企業ブランドアドバイザー 2006-2014 日本海水学会員
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