Ⅱ.塩の逆説 ソルトパラドックス

1.盲目的な減塩信仰

今日、テレビ番組や新聞雑誌のマスコミは、食と健康に番組や記事が溢れ、健康食品やサプリメントの広告が紙吹雪のように舞っている。健康と食の安全に敏感に反応する社会が形成されている。かつて狂牛病を始め、牛肉偽装や中国の農薬入り餃子事件、腐敗肉のハンバーガーなど、つぎつぎと食の安心・安全を脅かす出来事が脳裏から消えない。

劇作家の山崎正和は、『世紀末からの出発』のなかで、現代の教条主義のひとつに「健康信仰」があると指摘、米国をはじめ、世界の先進国の人々は、今は異常なまでに健康という美徳に執着していると語っている。*『世紀末からの出発』山崎正和著1995 文芸春秋

テレビ、新聞などのマスメディアで、身体に良い食べ物が話題になると、翌日にはスーパーで売り切れしてしまうという現象が見られる。このような特定な食べ物や栄養素の健康効果を過大に評価する風潮を「フードファシズム」とよばれている。

その背景には、現代人の健康不安が強くはたらいて、マスコミが発信する情報に強く影響される傾向があり「健康信仰」を煽る大きな力となっている。

とくに減塩、減塩と騒がれてきた塩は、フードファシズムの対象とされてきた食品である。マスコミの断片的な知識が幾重にも重なり、塩を摂るのは健康に悪い影響を与えるという思い込みが、今日の減塩思想を生んだ。その結果、塩についての無関心と知識不足が塩の偏見と誤解をもたらしている。塩の過剰摂取にだけ焦点をあてた、現在の行き過ぎた減塩思想が、ひとびとの健康と食文化に多大な悪影響を及ぼすという観点が欠けている。「塩は悪」、「塩は高血圧のもと」という先入観にとらわれた盲目的な減塩思想は、塩分の摂取は少ないほど良いといった“嫌塩”にまで発展し、塩不足の状態が身体にどのような危険な症状をもたらすかが、今日的な課題である。

 2.アメリカ発の減塩思想

減塩思想の発祥はアメリカである。その発端は高タンパク、高脂肪の食事が肥満と動脈硬化をもたらし、心筋梗塞の死亡率が高くなった結果、社会負担が増大負担したのが、国を挙げて減塩運動をはじめた動機である。高血圧の原因は塩分の過剰摂取にあるという考えを基本とした、塩の摂取→高血圧→動脈硬化→心筋梗塞の図式ができたのだ。それをバックアップするように。未開人の高血圧の調査から、彼らの一日当たりの塩の摂取量が1グラムしかなく、高血圧になるひとがいないという調査報告がもたらされた。ひとの身体は少ない塩でも十分生きていかれるという考えが、一日の塩分摂取を5グラムという、ひとがぎりぎり生存できる塩の摂取量を基準にしている。

1953年にアメリカの高血圧の研究者であるメネリーが1日20~30グラムもの高濃度の塩分を含んだエサを10匹のマウスに食べさせたところ、このうち4匹が高血圧になったという研究報告がなされた。一日、20グラムの塩の摂取量はマウスの一日の摂取量の20倍で、人間であれば一日160~300gに相当する。ひとは通常、一日最低平均10グラム摂取しているのに比べ、驚異的な量にあたり、むしろ四匹のマウスが生き残ったことの方が奇跡ともいえよう。

彼の塩分元凶説を裏付けたのが米国のL・K・ダール博士の調査報告である。1954年に世界の異なる民族について、食塩の摂取量と高血圧の発生率との関連を調べたところ、エスキモーの食塩摂取量は1日平均4gで、高血圧の発生率が2%と少ないことを報告した。さらに、1960年に秋田や青森での高血圧の調査をした結果、東北の寒冷な地方に高血圧や脳卒中の発生率が高いことに注目し、その原因は塩の過剰な摂取が高血圧の原因だという研究論文を発表した。

その内容は、一日に14gの塩を摂っていた南日本の高血圧の発生率が20%であったのに対して、平均27g~28gもの塩分を摂っていた東北地方では、40%という高い高血圧の発生率を示したことで、塩の過剰摂取が高血圧の原因だと、食塩摂取量と高血圧発生の因果関係を明らかにした。

このダールの報告が、わが国で減塩運動が始まる発端となったのである。しかし、その後、多くの研究結果から、当時の東北地方は、他の地域に比べてたんぱく質やビタミンCの摂取が少なく、寒さという気候的な要因が高血圧に深く関係していたことが分かってきたのである。

3.世界一塩分を摂る長寿国

遺伝子情報の解明が進んでいる現代社会では、過去の健康・栄養に関する知識を180度転換し、これまで常識だと思っていた知識が、非常識な知識になることがしばしば起きる。減塩が常識の塩の世界も“逆も真なり”である。

盲目的な減塩思想に対して、1998年、国際的に信頼の高い医学誌である『ランセット』に食塩と健康に関して、「十分な塩の摂取が、長寿に良い影響を与える」という塩分=悪という減塩思想を覆すような逆説的な研究論文が掲載された。

それは、米国の国民栄養調査で食塩摂取量と死亡率との関係について、25~75歳の20万7729人を対象に医学的調査が行われた結果、食塩摂取の最も少ないグループでの死亡率が高いことが判明したのだ。

その調査では、食塩摂取量を一日の最低平均2.64グラムから最高の11.52までの四つのグループに分け、全死亡率と比較してみると、食塩摂取量の最も少ないグループで最も死亡率が高く、食塩摂取量の最も多い四番目のグループの死亡率が最も低いことが実証された。この調査で死亡率だけではなく、脳卒中や心筋梗塞などの循環器系による死亡率も食塩摂取の少ないグループほど高かったというデータも報告され、この論文の著者であるM・H・アルダーマン博士は、多くの反論に対して、この調査結果から直ちに、食塩摂取量を増した方が良いとか、減塩が必要ではないとか言っているのではないと断り書きをいれたうえで「現在、世界の先進国の中で最も食塩摂取量の多い国民は日本人であり、そして世界で最長寿を享受しているのも日本人であることを思い起こしてほしい」と述べている。この研究から日本人の食文化の根幹に塩の存在が大きな力となっていることが示唆された。

なぜ、日本人はそんなに塩を摂る必要があるのか、その答えのひとつは、和食にある。主食のお米と野菜の食事が主流のため、それに含まれるカリウムとのバランスを保つために、ナトリウム(塩分)の摂取が生理的に欠かせないからである。

もうひとつの理由は、乾燥したヨーロッパに比べて、高温湿潤な気候に暮らす日本人は、汗の量が多く、健康的に暮らすのに毎日、風呂に入り汗を流し、味噌汁や漬物で塩分を補給するという、生活の知恵から生まれた生活習慣も関係している。

4.今も昔も変わらない塩の摂取量

ひとが生きるために塩はなくてはならないもので、ひとは生理的に一日に12グラムから15グラムの塩がどうしても必要だといわれている。三十年前の日本人の平均摂取量は二十五グラムといわれていたが、今は平均13グラムといわれる。

昔と比べて日本人の生活スタイルは一変し、食の西欧化が進み、塩を使う和食の減少傾向や、肉体労働の人口の減少、家事労働などが省力化、またエアコンの普及によって汗をかく機会が減ってきた。これら生活の変化により、塩の消費量は米と正比例して年々減少傾向にある。

昔、製鉄所の溶鉱炉で働く労働者や蒸気機関車の機関士など、汗をかく職業のひとたちは、ときどき塩を舐めながら仕事をしたといわれ、炎天下の労働や熱作業に従事する場合は、40グラムから50グラムほどの塩分を摂らなければ、身体を壊してしまうからである。

日本の塩の需給は、江戸時代には藩の塩台帳、明治には専売公社において詳細に記録され、非常に正確な史料が残っている。瀬戸内の塩の研究家、廣山堯道の著『塩の日本史』のなかで、江戸時代の塩の消費量と今日の日本人が毎日摂取している塩の量はほとんど変わっていないという調査結果が記されている。なかでも寒冷地の内陸部では、年間の塩分補給に自家製の味噌・醤油、副食の漬物、塩干物などに大量の塩が消費され、一日一人当たりの塩の摂取量は約40グラムと計算される。

ひとの腎臓の塩の処理能力の上限は、医学的に一日当たり50グラムだといわれ、ひとり一日6グラム、8グラムなどと減塩が叫ばれているが、実態はその数倍多い摂取量なのではないか、と推測される。

財務省の食用塩の需要統計から、日本人一人当たりの消費量を推測した報告もある。ここ10年間の食用塩の生産量の平均は年140万トンと報告されているが、これを人口一億二千五百万人で割り、さらに365日で割ると、ひとり一日当たり約三十一グラムとなると試算した例もある。*(『テキスト自然塩』 日本自然塩普及会/1998)

これらの資料からも、日本人の塩の摂取量の実態は、今も昔も変わらない塩の摂取量だということが想像できる。

現在、厚労省の塩分摂取量の基準は、大人一日8グラムを目標に減塩指導をしている。日本人の平均的な塩分摂取量はひとり一日当たり13グラムといわれ、米国の一日当たりが6グラムと較べると倍近くの塩分を摂っていることになる。

米国などが導入している国際基準が低いのは、肉食や乳製品には多くのナトリウムが含まれているためで、食材の塩分相当量を加算すると、食塩摂取量は10パーセント近くになると計算され、ほぼ日本人と変わらないという意外な報告もある塩の逆説

5.官民一体の減塩運動

わが国の高血圧の人口は、約4000万人ともいわれている。これは、厚労省の定めた高血圧の基準値を超えた人の数で、医師の診断を受けて高血圧の治療している人は、約800万人にすぎないという医療統計がある。

高血圧は自覚症状もないのでサイレントキラーと呼ばれ、高血圧の状態を改善しないでいると脳卒中や心筋梗塞、腎臓病を起こす危険性が高くなる。

現在、日本人にはどのくらい食塩摂取量が適量であるかという研究データはないが、WHOの国際高血圧学会や日本高血圧学会のガイドラインでは、6g未満を推奨し、厚労省の塩分摂取の目標値は、大人一日8グラムを基準にしている。

ちなみに病院食の塩分量は一日6g(小さじ一杯の塩の量)と決められており、その理由は、6g以下に抑えなければ、高血圧薬の効果が望めないという、臨床の常識が基になっている。

最近、わが国の官民挙げて減塩キャンペーンの動きが高まってきている。厚労省をはじめ、医師や栄養士の減塩指導は一層強まり、大手コンビニでは「健康弁当」が売られ、食品業界では、減塩商品が次々と開発されている。「塩リスク」という言葉が語られるほど、減塩運動が盛り上がっている。厚労省は1015年四月から、スーパーやコンビニ、外食、食品メーカーなどに減塩マークの表示の使用を認可して厚労省お墨付けの健康食品を推奨している。

高血圧の原因は塩分の摂り過ぎだという減塩信仰が高じて、塩は減塩運動の標的になっているが、高血圧患者の80%は、原因がはっきりと分かっていない「本態性高血圧」だといわれている。

高血圧発症は、遺伝、肥満、ストレス、腎臓疾患など、さまざまな要因により、血圧を高め、動脈硬化を誘発するが、塩の過剰摂取は、その原因のひとつでしかない。

ではなぜ、塩だけを標的とした減塩運動が起こるのか、その背景には、二つの狙いがあると推測する。ひとつは、厚労省の医療費の右肩上がりの増加を抑える意図と、もうひとつは、現代の食卓の大半が加工食品で占められ、食品業界にも減塩商品の開発を求めて社会的に減塩問題を解決しようとする動向である。

5年ごとに実施される厚労省の「医療費の動向調査」によれば、2010年度の国民全体の総医療費が約36兆6000億円に上昇、それ以来、毎年一兆円と増え続け、15年度には40兆円を超える事態となった。このままでは、2025年の総医療費は、50兆円を超える推定され、医療費削減が国の緊急課題となっている。

一方、現代の先進国の食生活においては、塩分の摂取量の70%が調味料、調理

済み加工食品、弁当、外食などから摂取されており、これらの“隠れた塩分”とよばれる、ナトリウム(塩分)の過剰摂取の実態が鮮明に浮き彫りにされている。

社会的な減塩運動によって国民の食塩の摂取量を減らす政策のお手本はイギリスにある。政府は食品業界を巻き込んで、スーパーに並ぶ食品すべてに減塩基準を定めて減塩を推し進めた結果、心臓病の患者が減り、毎年2600億円もの医療費の削減につながったといわれる。今後益々、わが国も官民一体となって減塩に取り組む姿勢が強まってくることが予想される。

6.塩に強い人・弱い人

食塩と高血圧の関係を明らかにした世界的な調査研究がある。インターソルト・スタディとよばれ、32ヶ国、52センター、10,079人を対象者として国際的に行われた食塩摂取量と血圧に関する疫学調査研究である。

インターソルト・スタディの結果は、食塩と高血圧の関係は弱く、むしろアルコール摂取との関係が強いことが示され、文明社会では食塩の摂取量に関係なく10~15%の高血圧患者がいるという。その後、米国のF・Cバーター博士が、塩の摂取量の増減で血圧が変動する「食塩感受性の強い人」と、塩分の摂取と高血圧に関係しない「食塩感受性のない人」に分類し、塩感受性の強い人は食塩を体内に蓄える作用の強く、全体の40%おり、食塩感受性のない人は塩分を蓄える力が弱い人で全体の60%を占めていることを立証した。

わが国でも東京大学医学部の藤田敏郎教授の研究(1995年)で、人により食塩を摂ると血圧が上がり、減塩すると血圧が下がる「食塩感受性」の人、食塩をとっても血圧が上がらない、減塩しても下がらない「食塩非感受性」の人がいることが判明した。

食塩感受性の人は約4割、ほかの6割が食塩非感受性の人であり、高血圧患者の中でも食塩感受性のひとは5割以下だということが報告されている。 

この2つのタイプの違いは、主として腎臓のナトリウム排せつ機能と関係しているとされ。食塩感受性が生じる原因は、主に遺伝・年齢、性、肥満度、腎臓病の有無、糖尿病の合併、ストレスも影響するといわれる。  食塩感受性かどうかの判断は、尿検査と減塩で1割以上の血圧の低下をひとつの指標にしている。減塩は食塩感受性の人には効果が出るが、食塩感受性のない人が、無理な減塩をすることで塩分が不足し、食欲不振や筋力の低下、無気力状態になって健康を阻害する要因となる。また減塩で逆に血圧が上がる人、腎臓性高血圧症や早朝高血圧の人は病状が悪化すると指摘する研究報告もある。

食塩感受性の人には、治療効果を高めるために塩分をひかえることは有効であるが食塩感受性の違いを考慮しないで、すべてのひとに一律、国の塩分の摂取基準値を適用するのには疑問がある。

7.コラム 高血圧の減塩神話

塩=高血圧は減塩神話だと明言した世界的な高血圧の権威がいる。1982年、米国心臓学会よりチバ賞を受賞した青木久三医博(名古屋市立大学教授)である。

その実験は、血圧の高いネズミを交配して独自に遺伝性の高血圧ネズミをつくり、A.低食塩食、B.標準食、C.高食塩食、D.10倍の高食塩食と1%の食塩水の四つのグループに分けて30週間(人間に換算すると40年間)にわたって血圧、体重、発育などを観察した実験が行われた。これまでの高血圧の原因は塩だとすれば、高塩食のグループでは高血圧が悪化し、低食塩食グループでは、高血圧が治るはずであるが、そのような結果は得られなかったのである。

高食塩食、標準食、低食塩食では血圧に変化が認められなく、高食塩に1%の食塩水を与えたグループだけが収縮期血圧が上昇し、血液中のナトリウムが異常に高くなり、腎不全で死んでしまった。この実験結果から、遺伝性の高血圧ネズミの血圧には食塩の摂取量に関係がないこと、また減塩食でも血圧が下がらないことが明らかになり、ラットを使った実験では、いくら塩を食べさせても高血圧にならないラットもいることが分かり、塩=高血圧ではないことを明らかにしたのである。

最後に青木医博は「私の診察経験では、減塩によって血圧が下がった人は100人中、せいぜい2、3人で、それ以外の人は塩とは直接関係ない原因の高血圧で、塩の摂り過ぎが高血圧の原因とする固定概念は、“現代の神話”である」と語っている。

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増田 幸右 について

1964-1968 武蔵野美術大学 グラフィックデザイン科卒業 1968-1994 広告代理店電通入社 クリエーティブ・ディレクター 2002-2004 立教大学大学院 修士課程 2003-2008 (株)GN21 経営コンサルタント 2007-2010 浦安図書館ボランティアBCU会員 2010-2014 企業ブランドアドバイザー 2006-2014 日本海水学会員
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