Ⅲ.塩の素顔 

1.白い結晶の塩

白い塩の結晶は、無色透明のサイコロ状の正六面体である。ナトリウム(Na)と塩素(Cl)とが格子状に結合した結晶体で、白い結晶に見えるのは結晶表面の凹凸による乱反射によるものである。

海水から塩が結晶化するプロセスは、太陽熱や薪などの熱エネルギーで、ゆっくりと蒸発させていくと、濃縮海水された液の表面にシャーベット状の塩の結晶の粒が浮かんでくる。その結晶は自分の重さで沈む過程で、その周囲の上に第二、第三の結晶が成長し、逆ピラミットのかたちをした集合結晶体ができてくる。

海水に含まれる塩類(ミネラル)の結晶化する濃度はそれぞれ異なっており、海水量の5分の1ほど濃縮すると、まずカルシウムが結晶し始め、さらに容量が10分の1近くまで濃縮すると塩(塩化ナトリウム)が結晶化し、順次硫酸マグネシウムや塩化カリウムが結晶化していく。最後に容易に結晶しない塩化マグネシウムが液体として残る。

液状にできた最初の塩の結晶を“トレミーの結晶”と呼び、花びらのように液表に浮いた結晶の種をフルール・ド・セル(塩の花)という。

海水を自然蒸発した濃縮塩水を平釜で加熱して塩の結晶を採取する、わが国の伝統的な製塩法の塩の結晶形も同じように液の表面で結晶が始まり、それが液中に沈み、次第に結晶どうしがくっついた凝集塩となる。平釜の蒸気熱で結晶化した塩は、柔らかく“軽い塩”に仕上がり、平たな鱗状の結晶形をした、ザクザクした手触りの粗塩である。わが国では、昔から“一番どりの真塩”と称し、最上級の塩として高く評価されてきた。天日塩田で採れた塩は、粘土などを含みやや灰色がかった塩が多い。また鍋で煮つめてできた塩は、生成り色を呈する。

現代の立釜とよばれる、密封された真空式蒸発缶でつられる塩は、液中で撹拌されるため、結晶が縦・横均等に六方向に成長し、かつ高温で蒸発するので、小粒で堅い正六面体の結晶に仕上がる。結晶の成長の方法を変えることで、塩の結晶形を自在に変えることができようになり、結晶の角が取れた凸レンズ型の塩や球状の塩になるなど、用途に応じた結晶形をつくることができる。

塩は結晶のかたちでナトリウムと塩素が結合しているときは、安定性を保っているが、それぞれ単独では非常に激しい性格を持っている。ナトリウムは、銀白色の金属の光沢をもつやわらかな金属で、酸素やハロゲンなどと化学反応を起こし、水とも激しく作用して水素を発生しながら苛性ソーダとなる。

塩素は刺激の強い匂いをもった黄緑色の気体であり、加熱冷却すると液化、消毒薬などに用いる塩化物になる。塩素ガスは毒性が強い物質である。

このほか塩の物性には次のような複雑な性格をもっている。

比重は2.16。サラサラした乾燥した塩の見かけの比重は食塩で約1.2。

硬度 塩は石工と同じ硬さでモース硬度2.0~2.5.(ダイアモンド10)

融点 800度以上の高温になると溶けて液体になる。

沸点 沸点は約1400度で、それ以上になると沸騰して気体になる。

氷点 水は0度で氷になるが濃い塩水は約マイナス20度まで凍らない。

潮解性 塩は湿度75%以上になると湿気を吸って溶ける性質がある。

 

コラム 塩は信頼と友情の証

塩が永遠に腐敗しないでその品質が変わることなく、白く輝く堅い結晶であることから、紀元前600年ピタゴラスの時代には、塩は正義(justice)の表象であり、聖書では、忠節(royalty)、英知(wisdom)の象徴として使われている。

古代ユダヤ人にとって塩は不変な存在であることから、神と人、人と人との間の永遠の契約の象徴とみなしている。塩は水に溶けても、再び蒸発させれば白い結晶に戻り、塩の本質は永遠に変わらないからである。

聖書には、塩について書かれた箇所が32ヶ所あり、その代表的な言葉に“汝らは地の塩なり”という一節がある。この言葉は、崇高な理想に生き、周りの人々の役に立つ、ひとの生き方に高い価値をおいているものである。

キリスト教においては、塩は不変、永遠の象徴だけではなく、真実や智慧とも結びついた知恵の象徴でもあった。古代ギリシャ、ローマ人は、友誼(frindship)、信頼(trust)を示すのに塩がもちいられ、その証として、同盟や友情を示すのに塩を分配したといわれている。古代ギリシャ人は最初に自分と一緒に塩を食べない相手を信用してはならないという戒めがあり、塩を分け合って食べたあとはもはや他人ではないとされている。ポーランドにも「誰々と樽一杯の塩を食べた」といえば、長い年月にわたり食事を共にして培われた深い友情を表わす言葉に使われる。一緒に貴重な塩を食べてきたことは、人生の貴重な時間を共に費やした間柄を意味しているからである。

ヨーロッパでは今も、親しいひとの新居に塩とパンを持参し、塩を分かち合って祝福する習慣が残っているのは、塩が固い友情の象徴だからである。

しかし東洋には、西洋のこのような塩は永遠不変だという感性をもっていない。雨が多く湿気の高いわが国では、塩は溶ける存在である。その違いは塩の種類の違いに由来すると思われる。西洋は岩塩や湖塩、塩泉などの塩化ナトリウムの純度の高い陸の塩が主で、加えて乾燥した気候のため、塩は溶けないが、海塩にはにがりが含まれているので、湿度75%以上になるとにがりが湿気を吸って溶ける性質がある。

わが国には、岩塩も湖塩も産出しないので、食塩は海塩のみである。昔から塩壺に塩を入れておくと、塩が溶けて塩水になるのを経験している。

潮解性のある海塩と純度の高い乾燥した塩が、東西の塩のとらえ方に違いがうまれるとすれば、塩に対する価値観や、食文化にどんな影響を及ぼしているのか、今後、塩について考えるうえで、興味深いテーマとなることだろう。

 

2.塩の二つの顔

塩は、「食塩」の世界と、化学原料の「ソーダ工業塩」の二つの世界に広がっている。食べる塩と化学の塩の両面を備えている物質である。

わが国では通常、食用の塩を“しお”とよび、化学用の純粋な塩を“エン”という、ふたつの読み方に分れている。“エン”は、酸化ラジカルの水素イオンが金属イオンに置き換わった物質で、酸と苛性ソーダを反応させると、塩化ナトリウムNaClと水とが生ずる。化学方程式は、HCl+NAOH=NaCl+H2OKで示される、酸と塩基との反応でできる塩類である。

化学工業の原料塩には、主に塩化ナトリウムの純度の高い岩塩がつかわれ、海塩の場合は、塩化マグネシウムやカルシウム、微量ミネラルなどのにがり成分を精製して取り除きによって取り除き、限りなく純度100%に近い塩が原料塩となる。

食料として扱う食用塩は、塩化ナトリウムを主成分とする塩の結晶を“しお”とよび、化学工業用の塩類と区別している。旧専売法では「塩とは塩化ナトリウムの含有量が100分の40以上の固形物」と、塩類のうち塩化ナトリウムを「食塩」と定義している。純度の高いNaClは、薬品扱いとなっている。(食塩は旧専売JTの商標)

海に囲まれたわが国では、昔から潮から海水塩を採ってきたので、塩と潮は同義語であり、親しみを込めて“お塩”とよんでいる。

世界の国々には岩塩、湖塩、土塩が産出、カリウム塩、マグネシウム塩など、多彩な塩類が産出し、食用の塩は塩化ナトリウムの塩、その他の塩類は工業の原料塩と使い分けられている。岩塩は主にハムやチーズなどの加工食品や食用には溶解・再結晶し、不純物を取り除いて純度の高い塩化ナトリウムの塩を使う。

塩のもつ化学作用を活かして、古くは皮革のなめし、石鹸や染料、陶器の釉薬、綿織物の漂白などに使われ、近年になって、道路の融雪、硬水の軟化をはじめ、ガラス、塩化ビニール、医薬品、建材等々の原料塩となって、さまざまな形を変えて暮らしの中に製品化され、塩の消費量が、その国の豊かさを図る指標となっている。

ちなみに、薬のルーツは塩である。西洋では岩塩や塩泉を煮詰め、塩の結晶を採取した後に釜底にこびり付いた結晶を「貧者の塩」とよんでいたが、ドイツではこの塩類から数々の薬品がうまれた。東洋では塩は薬石として、身体を元気にして身体全体の調和を整える食べ物として、医薬同源の思想をもっている。

□塩化ナトリウム以外(にがり)の塩類と用途

硫酸マグネシウム 下剤 建材用石膏、セメント、豆腐製造

塩化カルシウム 乾燥剤、除湿剤、融氷雪剤、冷却剤

塩化カリウム 肥料、医薬品、減塩サプリメント

塩化マグネシウム 豆腐製造、融氷雪剤、建材

硫酸マグネシウム 医薬品、製紙、染料、肥料

炭酸マグネシウム ゴム増強剤、防火燃料、歯磨粉、医薬品

酸化マグネシウム ゴム、医薬品、セラミック原料

水酸化マグネシウム 吸着剤、医薬品、セラミック原料

臭素  農薬、プラスチック、アンチノック剤

硫酸ナトリウム(芒硝) 染色、入浴剤、合成洗剤、医薬品

*『塩の科学』橋本壽夫/村上正祥著P126 引用

 

3.塩の純度とにがり

塩の純度といった場合、結晶中に含まれる塩化ナトリウムNaClの占める比率を意味する。にがりは、海水からにがりを採取した後に残る濃縮塩水で、塩化ナトリウム以外の微量ミネラルを総称してにがりと呼んでいる。

塩を語るとき、塩の純度とにがりは最も重要な論点となっている。1972年に塩田を廃止して、イオン交換膜方式の製塩に転換して以来、専売公社と伝統の製塩法を採用する民間の製塩会社との間で、“化学塩対自然塩”の論争が繰り広げられてきた。 

海水を電気でナトリウムイオンと塩素イオンを抽出して濃縮塩水をつくるイオン膜塩は、にがり重視の製塩会社が “自然塩”の名で宣伝したことから、化学塩とよばれるようになったものである。

専売公社は一貫して、「にがりは夾雑物」である、塩とは塩化ナトリウムだと主張しており、純度を塩の評価基準としてきた。10年前に塩が自由化した際、マスコミを通して、この対立の塩の構図に関心が集まり、自然食志向の消費者の間から、にがりを含んだ自然海塩が支持されるようになった。

それに続いて、にがりブームが起きたのである。これまで、にがりの硫酸マグルシウムは便秘薬に使用されていたが、にがりにダイエット効果があるというマスコミ情報が広まり、若い女性に間ににがりブームが過熱。次第に新聞雑誌に医師や研究者の間からも、にがりが癌に効くなどの医学的な働きがある記事が掲載されるようになり、にがりブームはピークを迎えた。

しかし、神奈川県のある老人養護施設で、便秘用のにがりの原液を飲んだ老人の死亡事件が発生したことをきっかけに、国立栄養研究所からにがりの効果を否定する見解が示され、一挙ににがりブームは沈静化した。

しかし近年、平成16年4月から厚生労働省の栄養指導において、欠乏しがちな栄養素としてマグネシウムは、亜鉛、銅とともに「栄養機能食品」として追加されることが決まった。これにより行政においてもマグネシウムの重要性が認められ、にがりが再評価されたのである

マグネシウムの働きは、骨や歯の形成をはじめ、体内の酵素を活性化し、糖質や脂質、たんぱく質を分解してエネルギーに替える、血液の循環、血圧や体温の調節、筋肉の収縮、神経の鎮静、ホルモン分泌などに重要な必須ミネラルで、身体を調整する生理機能を担っていることが認識されてきたのである

海水には約3.5%の塩類が溶け込んでおり、そのうちの約80%が塩化ナトリウム。そして残りのにがりにはマグネシウムが約78%、このほかにカリウム、カルシウムなどの主要ミネラルと、鉄、クローム、銅、セレンなどの微量ミネラルが含まれている。

これまで一般的に、塩とは純粋なNaClだという科学的な固定観念ととらえられていたが、正確には、食用の塩とは塩化ナトリウムを主成分としたミネラルの集合体といった方が塩の正確な塩の姿であろう。

 

製塩法によるにがりの組成が違う(日本塩工業会資料)

NaCl  塩化K   塩化Mg   硫酸Mg  塩化Cal   Mg

イオン膜法  1~8%   4~11% 9~21%    0        2~10%   2.3~5.4%

蒸発濃縮法  2~11%   2~4%   12~21%   2~7%     0        3.4~9.8%

 

4.三つの塩の力

塩は、食用塩と化学原料の二つの顔があるが、食用塩としての働きには、三つの塩の力が内在している。ひとつは、塩はひとが生理的に求めるもので、のどの渇きや食欲に深く関わっており、体液を一定に保つ、新陳代謝などの「身体を整える力」をもっている。料理・調理の世界では、塩には料理を美味しくする、基本調味料である「味を創る力」と塩の物理的、科学的な作用をいかして美味しい料理をつくる「調理する力」の三つの力を備えている。食用塩のもつ普遍的な三つの価値である。

塩は、身体を整える調身、味を創る調味、料理をする調理と深く関わっている。この

三つの塩の力の有り様は、その土地の気候風土に合ったかたちによって変わる。

たとえば、高温多湿の土地では、香辛料の効いた辛い料理が好まれ、独特な伝統料理がうまれる原動力となっている。また寒冷な土地では、塩気のある食べ物が多い。塩は身体を温める力があるからである。

わが国のように温暖で多湿の気候風土では、カビや麹などの微生物が繁殖する食環境から、醤油味噌、漬物、伝統的な塩蔵食品が生れ育ちっている。発酵を調整する塩の持つ力を活かした、乾燥した西欧にはない独自の和食文化が醸成された。

人は健康で元気に生きるのに、その土地にある食材を使い、気候風土に適した食事が伝承され、ひとの生きる知恵がその土地の独自の食文化を形成している。

この第一章「塩」に続いて、第二章「命の塩」では、身体を整える塩の力を基に、なぜ、塩がいのちを支える力になっているのか。塩の基本的な役割を明らかにしたい。

そして第三章「食の塩」では、料理を美味しく創る、塩と料理と調理の関わりを考えることで、料理・調理の世界で塩の果たしている役割、料理における調味・調理の場面でちからを発揮している、塩の普遍的なちからを再認識し、伝統的な塩の上手な使い方を拾い集めたいと考えている。

第四章「和の塩」では、塩の三つの力が集約された日本独自の和食の世界をまとめたいと考えている。和食に相応しい塩とはどんな塩か、「和の塩」の系譜を整理することで、その答えを発見できたらと期待している。

 

 

 

 

 

 

 

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増田 幸右 について

1964-1968 武蔵野美術大学 グラフィックデザイン科卒業 1968-1994 広告代理店電通入社 クリエーティブ・ディレクター 2002-2004 立教大学大学院 修士課程 2003-2008 (株)GN21 経営コンサルタント 2007-2010 浦安図書館ボランティアBCU会員 2010-2014 企業ブランドアドバイザー 2006-2014 日本海水学会員
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