Ⅱ行き過ぎた減塩の代償

1.その一 減塩思想が招く減塩症候群

「塩を摂ると高血圧になる」という先入観にとらわれた盲目的な減塩思想は、塩分摂取は少ないほど良いといった「嫌塩」に発展していく傾向があります。

わが国では減塩に関して塩の過剰摂取にだけ焦点があてられていますが、行き過ぎた減塩による健康障害の問題意識にやや欠けています。

テレビ、新聞などのマスメディアには健康に関する番組や記事が溢れ、そのなかで健康に良い食べ物が話題になると、翌日にはスーパーで売り切れしてしまうという現象が見られます。このような特定な食べ物や栄養素の健康効果を過大に評価する「フードファシズム」の風潮があります。その背景には、現代人の健康不安が強くはたらいて、マスコミが発信する情報に強く影響される傾向があります。

とくに塩は、自由化の際にフードファシズムの対象とされてきた食品です。マスコミの断片的な知識が幾重にも重なり、減塩信仰ができたと思われます。

近年、夏の季節になると、熱中症で倒れて病院に救急搬送されるひとのニュースがしばしばマスコミの話題に上っています。熱中症は、暑さで体内の水分と塩分のバランスが崩れ、体温調節機能が低下し、めまいや手足のしびれ、頭痛や筋肉痛、ひどい場合は痙攣や意識障害を起こし死亡することもあります。

全国で救急搬送された熱中症患者は、2014年で4万1509人、2015年には5万4698人と一万人以上増加、その半数が65歳以上の高齢者が占めています。

地球温暖化の影響もありますが、一番の原因は減塩です。持病の高血圧や心臓疾患などの生活習慣病に罹っているひとが、医師から厳しい塩の制限を言い渡され、減塩を続けているうちに、低ナトリウムの体質になっているからです。

熱中症の治療は、まず血液に含まれる塩分濃度を高め、電解質バランスを取り戻すために一般的に生理食塩水の点滴治療が施されるのが普通です。

ナトリウム(塩)が不足すると体内の塩分濃度を保つため、汗や尿などからナトリウムの排泄を制限して体内の水分を調節します。脱水で血液量が少なくなると脳への血流が減り、めまいやふらつきがおこります。また、胃液などが少なくなって食欲減退や脱力感が生じてきます。汗を大量にかいた後に塩分補給が少ないと筋肉からもナトリウムが奪われて筋肉痛になり、さらに体内の塩分濃度が一気に下がると、神経の伝達が正常に働かなくなって昏睡や意識障害の状態に陥る可能性があります。

このように塩不足でめまいや手足のしびれにはじまり、だるさや倦怠感、無気力、冷え症、下痢、便秘、胃腸の不調などで体調を崩していく症状を「減塩症候群」とよばれています。近年の熱中症の増加は、盲目的な減塩思想に一石を投じる象徴的な現象です。

 

2.その二 減塩志向と食品の低塩化 

「塩の摂りすぎは身体に有害」という減塩信仰が広がっている現代、味噌醤油、漬物、塩辛などの発酵食品の低塩化が一段と進んでいます。塩が本来持っている力-腐敗を防ぐ保存力や殺菌力、鮮やかさを引き出す力、酸・アルカリ度を調整する力、発酵を調節する力-などを代替するのに、多くの食品添加物が使用された減塩商品がつくられています。

経済のグローバル化で食品の輸出入が盛んになり、アメリカやEU諸国などで使用が認められている食品添加物が許可され、わが国の合成添加物の数は、431品目に上っています。加工食品には、食べものを長持ちさせる保存料、美味しさをつくる調味料や甘味料、見た目を良くする着色料など、複数の食品添加物が含まれています。化学添加物の摂取から逃れられない食の環境にあります。 

現代の消費者は、身体の健康を害さないために、自分が選択した食品にどんな食品添加物が使用されているかを知る、賢い買い方が求められます。

低塩化の最も顕著な食品は梅干しです。梅干しの漬物業界はこの15年間、減塩競争に明け暮れ、むかしは塩分20パーセントの梅干しが現在では5パーセントまで低塩化しています。食品の腐敗菌は、濃度が10%以上になると増殖できなくなりますが、5%程度の塩分では腐敗を完全に防ぐことはできません。

そのため、いったん塩漬けした梅を塩抜きした後、調味料やはちみつ、アルコール、昆布エキスの液につけて味を調えた低塩梅干しが主流となっています。

同じように塩分が多いと敬遠されてきた野菜の漬物も、工場から店頭で売られる間に、腐敗を防止するために保存料のソルビン酸、pH調整剤、防カビ剤など、数々の化学添加物を使用し、腐敗して商品性を失わないよう食品加工されています。

現在、輸入ワインのほとんどに酸化防止剤の亜硫酸塩の表示があります。ワインに一番よく使われている亜硫酸塩は二酸化硫黄で、酵母や雑菌の増殖を抑えることができる毒性の強い添加物で、漂白剤の働きや酸化防止剤としてコンビニの弁当やカレーライスに広く使われています。

魚介類の鮮度の日持ちと殺菌、カット野菜の洗浄に使われるのが次亜塩素酸ナトリウムは、わずか茶さじ一杯でひとが死亡するという毒性の強い添加物ですが、食品に残留しないという前提で使われているので表示が免除されています。

コンビニの明太子のおにぎりやハムなどの鮮やかな赤みと保存に広く使われている添加剤に亜硝酸塩があります。すでに欧米では発がん性があると問題にされている添加剤で、わが国ではいまも使われています。

わが国ではむかしから塩の働きを活かして、長い時間をかけて味噌醤油をはじめ、多くの塩蔵食品をつくってきましたが、その塩分量は保存だけではなく、発酵食品の旨みをつくるのに最適な塩分量だったのです。先人たちの知恵と工夫が伝承されてきた文化資産です。

 

4.高齢者の減塩は危険

超高齢化社会になる近未来、高齢者の医療・介護の現場では減塩症候群が身近な問題になってきます。塩の摂りすぎは身体の健康を損なうという盲目的な減塩思想が、医師や栄養士の指導による塩気のない病院食や家庭の介護食に反映されないだろうか、塩分摂取の過剰反応を危惧されます。

病院食の現状は、一律一日当たり塩分6グラムを基準に指導されています。一食に付き2グラムの塩分制限では、味噌汁、漬物を省かれるのは当然で、2グラム(小さじ2分の一)ほどの塩味では食欲を失うひとも多いのです。

高齢者の減塩症候群のおもな原因は、持病の高血圧や心臓疾患、高脂血症などの生活習慣病の治療で、医師から薬の効果がなくなるからと減塩を指導され、日頃から塩分をひかえ利尿剤などでナトリウム(塩)不足をまねているからです。

また、高血圧の治療をしていないひとも、マスコミの影響で「塩=高血圧」の図式が刷り込まれており、食事に減塩を心掛けるのが日常化してきています。

塩の摂取量は食事の量に比例します。高齢になると食欲が落ちて食事量が減るために、十分な塩分の補給ができないので塩不足になりがちになります。

そのうえ、加齢で腎機能が衰えてくると、腎臓での塩分の回収が不十分のため、ナトリウムが尿として排泄されて低ナトリウムになる可能性が高くなるわけです。

ひとはのどが渇けば自然と水が飲みたくなりますが、高齢者は、その感覚が鈍くなり、脱水症状が起こりがちになります。熱中症などの発症を心配する家族や介護士のすすめで過剰に水を飲む結果、かえって腎臓病や心臓病が悪化し、体液のミネラルバランスを崩して、塩不足が起こるという悪循環をまねくこともあります。

ある開業医の失敗談に、77歳の高血圧患者に浮腫の治療に利尿剤を処方したところ、突然、急性塩化トリウム欠乏症で歩けなくなって全身痙攣がおきたので、生理食塩水を点滴したところ、その翌日にはすっかり回復。あらためて利尿剤による危険を認識したといいます。このような結果から、この医師は70歳以上の高齢者には原則、減塩は控え、血圧測定と同時に尿検査して、きめ細かく食塩感受性を判別してから、減塩指導をするようになったそうです。

高齢者の塩不足は、身体の健康だけではなく、精神面でも大きな影響を及ぼします。昔は老人が痴ほう症になると「塩足らず」と揶揄されていたといわれます。

神経の伝達は神経細胞を通して電気信号によって刺激が伝わっていきますが、この電気信号の伝達にかかわっているのが、塩の成分であるナトリウムです。脳から指令を出す電流がスムーズに流れるためには血液中に十分な塩分があることが大切です。このように塩不足のために電流が上手く流れないために情報伝達の支障で反応が鈍くなるのが痴ほう症です。

食はいのちであり、ひとを幸せにする源です。減塩運動と表裏一体となって高齢者や病院食への減塩に関して、十分な配慮がなされることが期待されます。

 

5.美味しさが適塩の基準

「旨いまずいは塩加減」といわれるように、一瞬の塩加減で料理が美味しくなるかどうかが決まります。板前が一人前になるまでに「塩振り三年」といわれる和食の世界は、伝統的な塩の作法があります。そのわけは、塩には美味しいと感じる味覚の幅が非常に狭いからです。

塩味を識別できる最低濃度を塩の閾値といいます。食塩を水に溶かして一定の条件で多数のひとが味見したときに半数の人が感覚的に塩分の違いを感ずる最小の数値が塩の閾値です。多くのひとが塩味を感ずる濃度は約0.3%以上で、これを薄めてゆくと甘く感じられ、しだいに水と区別がつかなくなります。

塩味を美味しいと感じる塩分濃度は、0.8から0.9パーセントくらいの濃度で、それよりもわずか0.2パーセント少ないだけで薄く感じられ、多いと塩辛く尖った塩味になってしまいます。それ以上大きく超えると味覚が拒否反応を示して自然に食欲がストップします。

まれに濃い塩味や辛い味でも平気なひともいますが、それを続けると味覚障害を発症する恐れがあります。限度を超えた塩辛い味ほど食べられないのは、舌の味覚センサーが自分の身体を守っている証です。

和食では塩辛い惣菜であっても、ご飯と一緒に咀嚼することで、塩分が希釈されて美味しいと感じる塩分濃度にして食べます。ご飯が主食で副食のおかずは、ご飯の美味しさを引き立てる調味料です。その最もシンプルなかたちがご飯に塩をつけた握り飯です。

私たちの体液の塩分濃度は0.9パーセントに維持されており、いみじくも美味しさを感じる味覚と一致しています。ひとの美味しいと感じられる塩分は身体が求めているサインではないでしょうか。ひとの本能に準じて摂取する自然な塩の摂取量が「適塩」だと考えられます。

塩は料理を美味しくする基本です。塩が効いていない料理は美味しくありません。

行き過ぎた減塩は、食事が美味しくないので食欲が衰え、身体に必要な栄養素が摂れなくなります。塩分をあまり気にせずに、美味しい食事から必要な栄養をバランスよくとり、健康を維持できる塩分摂取量こそ、その人の適塩基準といえます。

減塩思想にとらわれていると、美味しい料理を楽しむことをもできず、いろんな病気を招きかねません。塩をよく知ることによって、根拠のない減塩思想は捨てて、豊かで健康的な食生活を心掛けることが大切だと思います。

 

コラム 日本人には塩が足りない

この表題は、自然海塩の「海の精」社長であった村上譲顕氏(1015年没)の著した東洋経済新報社刊行の『日本人には塩が足りない』のタイトルです。

1972年の専売公社が塩田を撤廃し、イオン交換膜法に全面転換した際に、「自然海塩復活運動」を起こし、大島で伝統的な製塩を立ち上げたひとりです。

自らの体験をもとに行き過ぎた減塩を警告した唯一の塩の本で、塩づくりから得た著者の貴重な経験知を記したもので、減塩信仰の根づいた現状に真正面から反論し、塩のほんとうの価値を再認識することの大切さを教えてくれる貴重な本です。

高度経済成長期のさなか、公害問題が蔓延した時代に、いのちと塩の視点から高純度なイオン塩の健康に及ぼす影響を最初に問題提起。食の安全を問う生活協同組合などの消費者団体の支持と活動を盛り上げた転機となっています。

あれから43年が経過しましたが、減塩の答えはいまだ未解決まま、減塩推進派と減塩懐疑派の二つに分かれ現在に至っています。

減塩思想の蔓延しているなかで、著者の「日本人には塩が足りない」という減塩風潮への警告は、とてもショッキングなメッセージです。塩づくり2000年の長い塩の歴史からみると、伝統的な自然の製塩を放棄して電気解析で人工的につくられたイオン塩に転換してから、たった砂粒ほどの歳月でしかなく、減塩の是非は、健康にかかわる今日的な問題として解決が急がれます。

当時の日本専売公社発行のPR誌である『塩の話あれこれ』に「人間は生理的に、一日に12グラムから15グラムの塩がどうしても必要である。重労働や熱作業に従事する場合は、40から50グラムと塩の摂取量が増してくる。昔から(米塩)といわれてきたように人間が生きるために塩はなくてはならないものである」と記載されています

昔、製鉄所の溶鉱炉で働く労働者や蒸気機関車の機関士など、汗をかく職業のひとたちは、ときどき塩を舐めながら仕事をしたといわれ、作業に従事する場合は、40から50グラムほどの塩分を摂らなければ、身体を壊してしまうからです

日本の塩の生産・需給の記録は、江戸時代には藩の塩台帳、明治からは専売を所管する財務省で詳細に記録され、塩の供給に関して非常に正確な史料として残っています。江戸時代における瀬戸内海の塩の供給・需要を調べた塩の研究者、廣山堯道の著書『塩の日本史』には、江戸時代の塩の消費量と今日の日本人が毎日摂取している塩の量はほとんど変わっていないと記されています。

なかでも寒冷地の内陸部では、年間の塩分補給に自家製の味噌・醤油、副食の漬物、塩干物などに大量の塩が求められ、その一日一人当たりの消費量は40グラムから50グラムともいわれ、この数字は、医学的にひとの腎臓での塩の処理能力の上限が一日当たり50グラムだという説と符合しています。

現在の厚労省の塩分基準摂取量の8グラムは、日本人には行き過ぎた減塩目標だと思うのは、塩の歴史から学んだ、ごく自然な判断だと感じられます。

 

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増田 幸右 について

1964-1968 武蔵野美術大学 グラフィックデザイン科卒業 1968-1994 広告代理店電通入社 クリエーティブ・ディレクター 2002-2004 立教大学大学院 修士課程 2003-2008 (株)GN21 経営コンサルタント 2007-2010 浦安図書館ボランティアBCU会員 2010-2014 企業ブランドアドバイザー 2006-2014 日本海水学会員
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