2.麹が創る和食の世界

 

温暖湿潤モンスーン地帯のアジアは、米や大豆などの穀類にカビが繁殖し、魚肉はすぐに腐敗しやすい気候風土です。

『食物と日本人』の著者、樋口清之は、「東京の湿度はパリの湿度が平均三三パーセントに対して、六七パーセントと倍も違う、東京は腐りの街でパリは腐らない街である」とわが国の食文化を「腐りの文化の知恵」だと評しています。

自然界から食物を狩猟・採取していた古代人は、季節的に収穫が限られる野菜や魚や動物の肉をいかに腐敗しないで保存するか、大きな悩み抱えていたと想像されます。腐敗を防ぐのに、干して乾燥する、塩に漬けて保存する知恵がうまれました。

食物の保存を発見した発端は、塩が湿度の高い気候で溶けてしまうので、塩味の保存のために野菜や魚と一緒に塩漬けしたのが始まりだといわれています。

時間がたつと塩漬けの魚が発酵して溶け、塩辛ができることを発見し、塩味の調味料が誕生します。塩漬けされて匂いもかたちも変化した野菜や魚肉が、うまい味がすることに気がついたのが発酵食品の発祥です。

発酵は、適度の温度と湿気によって増殖する酵母・カビ・細菌の三つの微生物が関与しています。それらの微生物が魚や大豆のタンパク質をうま味に、麦や米のデンプンを甘みに変えます。

紀元前11世紀、古代中国の周の時代に、うさぎ、鳥、魚を壺に入れて塩漬けにし、それに麹を加えて発酵させた塩辛の「醤(ジャン)」がつくられ、朝廷の料理には百種におよぶ醤が使われていたといわれています。孔子の論語に「その醤を得ざれば食らわず」と記され、中国料理に欠かせない貴重な存在でした。

魚肉の保存技術は、古代中国では「鮨(き)」とよばれ、魚の塩辛を意味したもので、魚醤のルーツです。わが国には、二千年前の弥生時代に稲作と一緒に塩辛が伝播されましたが、本来、魚肉に塩を加えて漬け込んだ塩辛は、ご飯の副食の目的でつくられたものが保存しているうちに発酵して溶けでた液体を調味料として使うと、うま味のある料理になる知識を身につけたのです。

わが国では、「醤(ひしお)」とよばれ、しだいに醤の材料が魚・肉から麦や粟、豆などの穀物に広がっていきます。米、麦、豆などの穀物を原料に、麹と塩で発酵した「穀醤」は、味噌となり、その上澄み液が醤油に発展したといわれています。

また茄子、青菜、蕪、大根などの野菜を塩漬けした「草醤」が今日の漬物のルーツとなっています。醤からうまれた味噌醤油、漬物や日本酒などの発酵食品は、和食の世界を演出してきた食文化の礎となっています。

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増田 幸右 について

1964-1968 武蔵野美術大学 グラフィックデザイン科卒業 1968-1994 広告代理店電通入社 クリエーティブ・ディレクター 2002-2004 立教大学大学院 修士課程 2003-2008 (株)GN21 経営コンサルタント 2007-2010 浦安図書館ボランティアBCU会員 2010-2014 企業ブランドアドバイザー 2006-2014 日本海水学会員
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