3.米と魚の料理文化

わが国には肉食をタブー視した食文化の歴史があります。仏教が広まった飛鳥時代の律令国家では、仏教思想の殺生を禁じる戒律によって肉食が禁じられたことが発端になっています。

608年、天武天皇は肉食禁止令を公布しますが、その背景には仏教思想の影響だけではなく、米は聖なる食物で肉食は稲作に障害をもたらすという忌み嫌う風潮が広まり、稲の順調な実りを願って肉食を排除したといわれています。

大和朝廷を頂点とする古代社会は、豊かな米の収穫が富と権力を象徴する貴重な存在だったのです。その結果、肉食に替わるタンパク源として魚に価値をおいた食文化が発達しました。

アジア・モンスーン地帯の稲作文化の国々の主に豚肉と魚でしたが、海に囲まれたわが国は、南北に長く、四季折々の旬の海の幸に恵まれていたことも、肉食にこだわらない食文化を生んだ背景だと考えられます。

稲作の水田には、片隅に魚が生息する溜池が設けられ、鮒やドジョウなどの小魚を獲り、いろりで乾燥、燻製にして保存食にする食習慣がうまれたことから、米と魚の料理文化が育ってきました。

飛鳥時代から1900年代の明治に至るまで、1300年にわたって肉食を排してきた食文化の歴史は、日本独自の料理法をあみだしてきた原動力となっています。

米と魚の料理文化では、脂肪の多い豚肉の濃い味をさけて、鰹の煎汁などの魚のうま味の出汁を基本とした料理の世界に発展し、新鮮な魚をきれいに切りわけて刺身をつくる包丁文化、旬の野菜を活かした精進料理や季節を表現した懐石料理などの料理様式が発達し、和食の源流となっています。

米と魚の調味・調理を支えてきた立役者に塩の存在があります。米と魚は無塩の食物のため、ご飯と魚を食べるのに塩は不可欠な存在です。塩が加わることではじめて美味しさが味覚されるからです。さらに魚の塩漬けによる保存や発酵に深く関わり、魚醤や味噌醤油などの料理を美味しくする塩味調味料や発酵食品の基盤となっています。和食とは、米と魚と塩の味のハーモニーだといえます。

広告

増田 幸右 について

1964-1968 武蔵野美術大学 グラフィックデザイン科卒業 1968-1994 広告代理店電通入社 クリエーティブ・ディレクター 2002-2004 立教大学大学院 修士課程 2003-2008 (株)GN21 経営コンサルタント 2007-2010 浦安図書館ボランティアBCU会員 2010-2014 企業ブランドアドバイザー 2006-2014 日本海水学会員
カテゴリー: 未分類 パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中