7.コラム-塩は文明発祥の源

食物と水と塩。この三つは、ひとが生命を維持するのに不可欠な自然の恵みです。太古の石器時代の食物は、野山の木の実や野草の採取や野生動物の狩猟、海での漁労など、自然から獲得する食物を摂取する生活をしていました。

そして、水のある近くに住み、塩は石器時代の遺跡から、たくさんの動物の割られた骨が発見され、森で捕獲した動物の肉や骨髄から塩分を摂っていたといわれています。塩はひとが生理的に求める物質だからです

氷河期が終わる一万年前のころから、食物と水と塩を求めて原野を移動しているうちに、塩の採れる湖塩や塩泉を発見し、食物と水が容易に採取できるまわりにひとの集落が形成され、安定的に収穫できる小麦や米の栽培による農耕牧畜の生活が営まれるようになります。季節的な自然環境で生育する作物は、種まきから収穫まで集落全員の共同作業で収穫します。

こうしたひとが集落を形成する原始社会から、文明発祥の基盤ができてきます。

紀元前二千年から三千年に古代文明が発生したエジプトのナイル河流域、メソポタニアのチグリス・ユーフラティス河流域、インドのインダス河流域、黄河流域の四大文明の発祥地は、いずれも大河の流域の周辺にあり、豊富な水と肥沃な土地に恵まれています。

そして文明発祥の地に共通しているのは、近くに天然の塩を採取できる干潟や塩湖、塩泉の存在があることです。広大なエジプトのナイル河、インドのガンジス河のデルタ地帯では、灼熱の太陽によって自然結晶した海塩が採れ、メソポタニアの湿地帯には塩を含んだ沼沢地が散在しています。また中国内陸部の黄河流域は、黄土の洪積による肥沃な土地と塩分を濃厚に含んだ大塩湖があります。中国古代の王朝は、代々、山西省の「解州塩池」の近くに置かれていましたが、のちに揚子江の河口が栄えてきます。重くてかさ張る塩を運ぶのに必要な舟運に便利な大河の流域に位置しているからです。交易品の塩と塩漬魚は、河川をさかのぼって陸地の奥に運ばれ、海に向かった船は、遠い他国の港に運ばれていきます。

代文明が栄えた要因は、塩が貴重な交易品として貨幣に替わる価値をもち、「白い黄金」と呼ばれた最古の商品であり、塩の交易で大きな富をもたらす源泉となっていました。

 

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増田 幸右 について

1964-1968 武蔵野美術大学 グラフィックデザイン科卒業 1968-1994 広告代理店電通入社 クリエーティブ・ディレクター 2002-2004 立教大学大学院 修士課程 2003-2008 (株)GN21 経営コンサルタント 2007-2010 浦安図書館ボランティアBCU会員 2010-2014 企業ブランドアドバイザー 2006-2014 日本海水学会員
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