6.繊細な味覚の遺伝子 

日本列島は、約6000年前の縄文前期に氷河が溶け、温暖化が進んで暖流が流れるようになると、海面が三メートルもあがり、関西では瀬戸内海が誕生し、関東の霞ヶ浦も海が内陸まで入り込んだ現在の地形になりました。

やがて温暖で湿気の多い気候になると、照葉樹や落葉樹が生育し、森の周りに人が住みつくようになります。日本全国の貝塚の動物や魚介類の骨の調査で、二百種の魚、二百七十種の貝、二十種類の動物にくわえて、海藻、鳥類等々、千五百種に及ぶ動植物を食べていたことが発見されています。四季の折々に、海では豊富な魚や貝の捕獲でき、森ではイノシシやシカなどの狩猟やクルミ、どんぐりなどの木の実などの採取できる、食物に恵まれ生活環境であったことがうかがえます。

 日本人の祖先は、雑食民族だったといえます。ひとの歯が草食に適した臼歯や小さな犬歯のかたちに進化したのは、日常の主な食物が草や木の実、穀物であったことを物語っています。このような雑食の食文化では、おのずと微妙な味を見分ける感覚が発達してきます。

最近の味覚の研究では、外国人と較べて日本人にはうま味の受容体が発達していることが解明されています。西洋の味覚は、甘い、塩辛い、酸っぱい、ピリッと辛い、四つの味であり、中国はそれに苦味が加わって五味になりますが、日本人の味覚は、さらに渋味とうま味を加えた七味の味覚を持っているといわれています。

繊細な味を見分ける能力は、日本人の舌の感受性を育てる要因になっています。

東南アジアの食卓には、魚醤や唐辛子、ヨーロッパでは、塩、こしょうが置かれ、好

みに合わせて料理の味の濃淡を調整しますが、日本人は、よほどの薄味以外、出された料理に調味料を加味しないのが食事のマナーです。

そうした日本人の味の均一性をもたらした大きな要因は、味噌・醤油の塩味調味料と鰹・昆布などの出汁が料理の味の基調となっているからだと思います。

わが国の料理文化が中国料理、西洋料理の影響を受けながらも、寿司、天ぷら、かつ丼、カレーライスなど、いつも独自の和風にアレンジした料理に生まれ変わってきたのは、底流に米の文化があるからです。味の幅が広く、味を見分ける繊細な感受性が、和食文化を伝承してきた原動力となっています。

米を主食とした日本人の味覚は、遺伝子に深く刷り込まれているからでしょう。 

 

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増田 幸右 について

1964-1968 武蔵野美術大学 グラフィックデザイン科卒業 1968-1994 広告代理店電通入社 クリエーティブ・ディレクター 2002-2004 立教大学大学院 修士課程 2003-2008 (株)GN21 経営コンサルタント 2007-2010 浦安図書館ボランティアBCU会員 2010-2014 企業ブランドアドバイザー 2006-2014 日本海水学会員
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