身体に優しい塩

  1. いのちの塩

生命を支える塩のミネラル

約40億年前、地球上に最初の生物が海の中に誕生し、長い進化の過程を経て陸に上がる際、体内に「内なる海」を保持して上陸しましたが、海の中の生物にとって、生命活動を営むうえでもうひとつの重要な生存の仕組みをもっています。

ひとの身体は60兆個の細胞で成り立っており、そのひとつひとつに、同じ性質を伝えるために必要な遺伝情報がたくさん詰まった遺伝子という「いのちの設計図」を持っています。それが書き込まれているのがDNA(デオキシリボ核酸)です。

それらは、ひとつの細胞の中の細胞内液という「ミネラルの海」の中に存在しています。遺伝子DNAは、活性酸素などの有害な物質に傷つけられやすく、絶えず遺伝子の酸化と損傷を修復する体内酵素の働きで守られています。

酵素は、生体内で起こる化学反応に対して触媒として機能する細胞内でつくられるたんぱく質の分子で、生命活動に応じて、DNAが必要な酵素を設計します。

酵素によってたえず細胞が生まれ変わり、細胞を修復して生命を維持しています。

それは、植物の種が発芽して成長し花が咲いて実になる、卵が孵化しヒヨコが鶏に

成長するように、DNAに刻まれた情報がつくる酵素の働きによるものです。

生命を守る体内酵素には、大きく分けると「消化酵素と「代謝酵素」、そして食物に含まれる「食物酵素」の三つの酵素があります。

食べ物の消化には、胃液や胆汁に含まれる塩酸や重炭酸ナトリウムが関わっていますが、それを吸収するには、炭水化物をブドウ糖にかえるアミラーゼ、たんぱく質を分解するにはアミノ酸、脂肪の分解にはリパーゼという消化酵素が働いています。

消化酵素によってつくられた栄養素と肺から取り入れた酸素が細胞に運ばれ、細胞内のミトコンドリアで酸素を燃焼して生命に必要なエネルギーがつくられます。それを身体の中で働かせる役割を持っているのが代謝酵素です。

運動、呼吸、脳の活動、自己免疫力。ホルモンなどの生命活動のあらゆるところで代謝酵素が働いています。

このように生命活動に必要な酵素は5000以上といわれ、ひとつの酵素にはひとつの働きしかしないという特性があります。化学薬品、人工添加物、農薬、炎症、たばこなどの解毒に大量の体内酵素が失われていきます。

この活性酸素を分解・解毒するのは、抗酸化酵素といわれるSOD(スーパーオキサイドディスムターゼ)という体内酵素で、タンパク質や亜鉛、鉄、セレンなどの微量ミネラルからつくられています。

抗酸化酵素が不足すると、身体の恒常性が保てなくなり、細胞の再生や修復が上手くできなくなるため、ホルモンのバランスや免疫力が低下していきます。

そのためには消化酵素を節約し、代謝酵素の量を増やすこと、代謝酵素の働きをサポートする「食物酵素」の力を借りることが大切です。食物酵素が豊富に含まれている、新鮮な生の野菜や果物、刺身、玄米、また納豆や味噌などの発酵食品の摂取により、体内の消化酵素の無駄遣いに歯止めをかけてくれます。

消化酵素が節約されれば、新陳代謝や免疫力、自然治癒力が活発化してきます。

古来より発酵食品をつくるのに、ひとは発酵という形で酵素を利用する知恵を持っていました。今日では、塩蔵食品の加工にとどまらないでバイオ、サプリメントの製造など、広い分野で利用されています。なかでも医療の分野では、酵素は精密な血液検査に応用され、酵素作用を調節する薬やがんの代替治療薬として酵素が深く関わってきています。

酵素のパートナー・ミネラル

体内酵素が体の中で働くには、ナトリウム、カリウム、マグネシウムなどのミネラルは欠かせない存在です。それがなければ体内酵素が効果的に触媒の役割を果たせません。ミネラルは酵素の働きをサポートする重要な役割を担っています。

タンパク質でできている酵素単体をアポ酵素といい、これひとつでは体内の化学反応を行うことができないので、ミネラルと結びついて体内で活躍できる「ホロ酵素」になってはじめて消化や代謝を行うことができるのです。それゆえに栄養的にミネラルは、ビタミンと並んで酵素を助ける「補酵素」と呼ばれています。

ミネラルは、たんぱく質と脂質でできている細胞膜を通して、細胞が必要とする栄養分や酸素を中に入れ、不要になった二酸化炭素や老廃物などを外に出す役割を果しています。たとえば、血液の鉄分はヘモグロビンという酵素によって身体に必要な酸素が供給されるように、補酵素は酵素の化学反応に欠かせない物質を運ぶ働きを持っています。

ひとの身体には、鉄、クロム、亜鉛、銅、マンガン、ヨウ素、セレン、モリブデン、コバルト、砒素など数十種類の微量ミネラルが存在し、微量ミネラルは金属元素ともいわれ、活性酸素を消去する酵素のパートナーとして働いています。

微量ミネラルの価値は、それがごく微量であるだけに、なおさら重要で、新陳代謝を活性化する大切な役割を担っています。近年、ミクロの世界における分析技術の向上で、一万分の一グラム、百万分の一グラいう超微粒元素の検出が可能になり、微量元素の働きが解明されてきており、免疫やホルモン、老化など、健康や病気と深くかかわっていることが次第に明らかになってきています。

しかし、微量ミネラルは、必要量の上限と下限の幅が非常に狭い元素で、薬と毒の分岐点があります。不足しても摂りすぎても身体に弊害をもたらします。

厚労省が発表する「食事摂取基準」でも、ビタミンやミネラルなどの補酵素にも上限値が示されており、上限値以上を摂取した場合には、健康障害が生じる危険性があることを示唆しています。

1989年、日本で「国際微量元素医学会議が」が開催され、「重金属だってヘルシィ」と題したシンポジュウムでカドミウム、ヒ素の重金属の摂取も身体に必要と発表されて話題を呼びました。かつて公害病として問題になったイタイイタイ病が鉱山の廃液のカドミウムが原因とされています。ドイツのカール・マルクス大学のアンケ博士は、イタイイタイ病で問題となったカドミウムもごく微量は生命活動に必須であり、不足すると筋無力症の原因にもなり、ニッケル、パナジウム、砒素、リチウム、臭素、フッ素などの欠乏も成長や生殖などに悪影響をのぼすと報告しています。

ひとの体内の各種ミネラル間の保存比率(ミネラルバランス)の均衡を崩すと、様々な病気を引き起こします。バランスを保つことが生命体の働きに最も重要なことです。

 

塩は活力の源

古代中国では、塩は身体を温める陽性の食べものとされ、ひとを元気にする活力の源と考えられています。史記には、戦いに敗れた捕虜の兵には塩を与えないということが記され、塩気を抜くと、兵士は元気を失い、略奪や反乱などを起こさなくなって大人しくなるからです。

塩不足で無気力になる理由は、臓器の筋肉を動かす力が出なくなり、神経の伝達作用が低下していきます。漢方では「肝腎かなめ」の腎とは、腎臓、生殖器、泌尿器を含めて生命力をさしており、塩分が不足すると、腎気が衰えるために、脱力、痙攣・しびれ、筋肉の機能障害などの症状が現れるといわれます。

同じ理由で、体液のミネラルバランスが崩れて自律神経失調症になり、消化・吸収や老廃物を体外に排泄する新陳代謝が衰えます。それがもとで、過度の発汗、嘔吐、下痢、脱水症、不眠症などで体調を崩す原因となっています。

塩は身体を温め元気にするだけではなく、体温を調節するという働きがあります。暑いときや運動をした後に汗をかいて水分を蒸発させて体表面の温度を下げ、逆に寒いときにはトイレか近くなり、体内の塩分濃度を高めて身体を温めようと尿を排泄して体温を調節する働きをします。ロシアや北欧などの寒い国に住む人は、身体を温めるために塩辛いものを好む傾向が強いといわれます。

現代人の強い塩への欲求、塩嗜好の根底には数千年におよぶ先祖からの進化の過程で塩を求めてきた食塩欠乏の苦い経験が遺伝子にインプットされているのではないかという説があります。人類の先祖は主に菜食であり、ほかの草食動物と同様にたえず食塩の欠乏に悩まされ、塩飢餓の経験が度重なるうちに食塩の嗜好が強まったからです。新生児は母乳の塩分を吸収し成長するにしたがい、塩の生理的な欲求が強まり、後天的に塩の嗜好が獲得されるといわれます。 

 

塩分をコントロールする腎臓

体内に含まれる塩分の量は、体重60キロのひとで約200グラム、その50%が血液などの細胞外液に、40%が骨に、残りが細胞内にあるといわれ、それら体内の塩分は、腎臓の働きによっていつも一定に保たれています。

口から摂取した食塩は100%近く吸収されて体内に入り、血液中の塩分は腎臓の糸球体でろ過され、余分な塩分は尿として排泄されます。

血液が尿細管を通るあいだに、ほとんどの塩分が再吸収され、摂取したナトリウム量だけ排泄されるようになっているからです。ひとはホルモンなどの作用で食塩を体内に保持する強い能力を備えており、腎臓は塩分をいかに排泄するかではなく、いかに体内にのこすかという方向に働いています。                              ↑wikipedio フリー百科事典

体内に塩分が不足すると、腎臓よりホルモン物質のレニンが分泌され、肝臓から分泌される酵素が副腎のホルモンを促し、腎臓での排泄を抑制し、塩分を取りたいという欲求を起こさせるといわれています。逆に血液中の塩分濃度が高くなると、浸透圧が高くなり、赤血球、白血球の細胞が脱水、酸素の輸送などが果たせなくなります。 

のどの渇きが起きて水分をたくさん飲むようになりますが、水分の摂りすぎは、血液量が増加して血圧を高め、心臓に大きな負担をかけることになります。

カリウムの過剰摂取や利尿剤によって、腎臓から塩分の排出が増加したとき、それを調節するのがホルモン様物質の心房性ナトリウム利尿ペプチドです。

腎臓はこうした仕組みにより、一日最大50グラムの塩を排泄する能力があるといわれ、普通に塩の効いた美味しい食事では塩分過剰という問題は起こらない仕組みになっています。しかし、下痢や嘔吐大量の、発汗によって体内の塩分が失われていくと、脱水症状、血液の低下、立ちくらみ、精神不安定、眠気、無気力になるなど、様々な症状がでてくるひともいます。腎臓疾患で塩分を排泄する機能が低下すると、体液に塩分が溜り、塩分を排泄するのに高い血圧のちからが必要になります。

こうしたひとには医者から塩の摂取量を制限されますが、腎臓が正常に働いているひとが無理に減塩すると身体の活力が減少するひともいます。

 

 

2. 塩の東洋的な思想

海に還る塩

世界の塩の歴史をひもといていると、ふと東洋と西洋では塩の感性が異なっているのではないかと思うことがあります。塩の起源に関しても、西洋では海水が岩塩になっていく物理的なプロセスの重視が軸となっていますが、東洋の塩の感性は海水が蒸発し、雲となり雨となって地表の塩土や地下の岩塩を溶かし、河川となってふたたび海にそそがれる、塩は悠久の時間をかけて溶解と結晶をくりかえしながら、海と陸を循環しているという塩の発想です。

いまから3000年前、黄河中流域の渭水盆地に古代王朝を建てた周の武王は、塩の成り立ちを次のように直感したといいます。「私はこう思う。天に五気があって、これから五味ができる。五気の水が土地を潤して塩気ができる。水が大地を流れていくあいだに自然と塩が「化生」するのだ」武王は殷の賢者箕子を訪ね、はじめてその理を知ったといいます。(『尚書』洪範編)

チベット高原は、太古の大海原です。地球の地殻変動で陸に閉じ込められ、強い太陽の熱と風で水分が蒸発して消滅、地表に「塩砂漠」が出現します。

4000m近い高さの山々からの雪解け水が盆地に流れ込むと、海につながる出口を失った河川の末端は、塩分を含んだ塩土となり、雨が降れば塩池になります。黄河は河北青海省のバヤンカラ山脈を源流に、全長4500キロにわたり大陸を横断、渤海湾へとそそいでいる大河です。

広大な黄河は黄土の平原をゆっくりと地滑りしたかのように滔々(とうとう)と流れ、塩はいつか海に還り、そしてまた陸に戻る、塩は自然の輪廻転生の中で生きつづけています。                      

↑チベット高原 Wikipedioフリー百科事典

医食同源の世界

紀元前二世紀頃の古代中国ではすでに漢方医学が確立しています。西洋医学が科学的な分析をもとに、局所的に病気の治療するのに対し、東洋医学は、自然との調和を重視して身体全体のバランスの視点から生命をとらえています。

古代の中国人が、長い歳月をかけて経験則と自然界に展開される現象の関係をみきわめ、普遍性のある道理を説いたものが「陰陽五行説」です。

陰陽は、すべてが変化するものととらえ、ひとの身体も陰陽のバランスで生かされているという考え方です。物質を作りだす素材「木・火・土・金・水」の五つの物質を働かすエネルギーである気を「五行」としています。五行の相生とは「木を焼けば火を生じ、火は灰と土を生じ、土は金属を生じ、金属より水を生じ、水は気を育てる」という互いに循環して尽きることはない、つまり「金属より水を生じる」とは、水に溶けた金属である塩を意味しています。地球の悠久の時間を経た自然界の循環により、すべての生き物のいのちを支える塩が再生されているのです。

薬の歴史においても、西洋では岩塩や塩泉を煮詰めた釜底に残ったにがりの塊から、化学的な薬が発祥していますが、東洋では塩は薬石ととらえて、身体全体の調和を整える食べ物としてとらえています。

わが国には、疲労回復にクエン酸をたっぷり含んだ梅干し、胃腸を整える乳酸菌をもつ漬物など、食薬ともよべる伝統的な発酵食品が多く、基本調味料に味噌・醤油が使われ日本人の味覚がつくられています。

また、食べものには、身体を温める陽性な食物と身体を冷やす陰性な食物があり、陰陽の体質に合わせた「食養生」という食事療法が伝承されています。

自然の恵みである食物には、病を回復し元気を取り戻すちからがあるという観点から、いのちと食べものの深いつながりを求める医食同源の世界があります。

 

塩の科学を提唱した明治人

明治の文明開化で西欧の食文化が日本人の食卓に登場します。そのシンボルは牛肉のすき焼きの流行で、都会の上流階級のあいだで、肉や乳製品、洋酒、パンなど西洋料理が広がり、「西洋かぶれ」と称された洋風の食事が次第に一般家庭にも普及し、現代のような糖尿病、高血圧、心臓疾患などの生活習慣病が蔓延してきます。

このとき、東洋的な医食同源の食養生を唱えたのが、陸軍薬剤監の軍医、石塚左玄でした。西洋の医薬を学んだ左玄は、塩に強い関心と知識を持っており、それまで関心が薄かった無機塩類、ミネラルのナトリウムとカリウムに着目して、これが夫婦(陰陽)一組で、食物の性格を決める大きな役割をしているという「夫婦アルカリ論」を提唱します。

20世紀初頭のドイツ流の栄養学である、たんぱく質、脂肪、炭水化物の三大栄養素を重視する栄養学に対して、「人類は穀食動物なり」と、玄米菜食を奨励しました。

塩は身体を温める「陽」の食物で、寒い国の肉食や乳製品には、“ナトロン塩”が含まれ“カリ塩”の多い穀物、野菜の摂取によって身体のバランスが保たれることを提唱します。東洋医学の視点から、塩が生命活動と深く関わっていることを解明し、明治29年にミネラルの陰陽のバランスが病気を治すという『化学的食養長寿論』を著しています。この著作には食養生のほかに「温浴、発汗は人体の脱塩法なり」と温浴による保健法を推奨しています。

温浴の目的は、身体を清潔にさせるだけではなく、血液の循環を良くし、食物の消化を助け吸収を促し、発汗を盛んにして体内に滞ったナトリウム塩を排出させることにあると、入浴して脱塩することの大切さを記しています。                    牛酪を取る図「西洋料理通」明治時代

陸軍を退役した左玄は東京の市ケ谷に診療所を開いて近代医学に異を唱えた食養を広めます。彼の診療所には門前列をなして大勢の患者が訪れたといわれます。↑                                     あるとき、両眼の視力が低下し身体も極度、衰弱した32歳の婦人が彼の診療所を訪ねたところ、左玄は女性の食歴を聞いて、3年来、医者が奨めてきた毎日牛乳を三合、卵五個、肉百匁といった食事を禁じて、玄米、ごま塩、ごぼう、昆布、豆類の食事療法を指示します。しばらくすると、彼女の目が快癒し同時に健康を回復、この食養のすばらしさに驚いた夫人の夫が『食用の調和』を刊行し、数十万冊の本を各方面に寄贈したという逸話が残っています。

左玄が遺した食養道歌節には、彼の提唱した食養が明快に表現されています。

島国の 魚と塩とに富む土地は 山や畑に生ふるものを食へ

塩からや 菜や味噌にて めし食わば 結核病のわづらひはなし

塩風の 吹きいる土地に 身のために くらふて欲す豆と菜食

春苦味 夏は酢の物 秋辛味 冬は脂肪と合点して食え 

明治から大正時代かけて石塚左玄のもとに、食養法を学ぶために多くの医者や自然食の研究家が集まり、のちに彼は「食聖」とよばれ、玄米をもとにした自然食の普及運動が広がっていきます。

石塚左玄の東洋的な食の思想は、昭和の塩の近代化が進むなかで、自然海塩復活運動やマクロビオテックの実践活動に引き継がれていきます。

 

自然と調和した食事法

 石塚左玄の弟子のひとり、桜沢如一は食養会に入会し、左玄の「化学的食養論」を東洋思想の陰陽五行をもとにして食用と東洋哲学を融合した「無双原理」という現在のマクロビオテックの礎となった食の哲学を提唱した思想家です。

 桜沢如一は京都に生まれ、若い時から肺・腸結核をはじめ多くの病気で苦しんでいましたが、左玄の食養法により健康を回復、食養法の研究を始めます。

1929年、桜沢如一は10数年研究した無双原理を世界に発表すべく、シベリアを横断し、単身ヨーロ、パに渡り、パリを拠点に活動を開始。その後、インド、アフリカを巡り、世界に玄米菜食を中心にした食の哲学を広める活動を行っています。       *写真桜沢如一像→

60年代に桜沢如一の弟子、久司道夫が彼の理論を現代の環境に合わせた食事療法に発展させた、「禅・マクロビオテック」の普及活躍のために渡米します。

当初、久司のもとに東洋思想に関心をもったヒッピーたちが集まり、宗教的なニューエイジ運動の色彩が強く、米国医師会から食養法の実践者は栄養失調の危機に直面していると非難されましたが、肥満、心臓病などの生活習慣病に悩む米国人の知識層に徐々に広まっていきました。                     

米国の国家プロジェクト「アメリカの食事目標」の調査に招聘され、米国の肉や牛乳の大量摂取する食習慣がガンや生活習慣病をもたらしている原因だと指摘した有名な「マクガバン・レポート」にマクロビオテックが紹介され、一躍脚光を浴びます。

フランスのゲランドの塩を書いた『海塩の隠れた力』の著者JacquesLangreも桜沢如一の弟子たちの東洋的な思想に影響を受けたといわれ、伝統的な天日塩田で採取されるゲランドの塩は、いまもフランスの料理文化を支える人たちから強い共感と支持を受けています。

米国ではジョン・レノン、トムクルーズ、マドンナなどのハリウッドスターがダイエットの食事療法にマクロビオテックを実践していることが雑誌で紹介され、一躍有名になりました。また育児書で有名なスポック博士や地球の温暖化の問題に取り組んでいるアル・ゴア前副大統領から協賛され、1999年、久司道夫の「禅・マクロビオテック」が米国の国立歴史博物館「スミソニアン博物館」に殿堂入りしました。

今や禅・マクロビオテックの玄米菜食は世界の料理になっています。老舗ホテル、ザ・リッツ・カートンをはじめ、欧米の多くのレストランでもマクロビオテックのメニューが登場し、和食の本家、日本へ逆輸入されています。

米国でも、自然海水塩はノンカロリーの調味料としてダイエットに見直され、アレルギーや生活習慣病、癌にも効能があると、海水ミネラルへの関心をもった多くの健康志向の消費者から支持されています。塩の自由化以来、わが国でも自然海塩は「身体に優しい食べる塩」という新たな塩の価値観が生まれています。

わが国の自然海塩の復活の歴史を振り返ると、明治から綿々と引き継がれている石塚左玄の東洋思想が桜沢如一の創立した日本CI協会に関わっていたひとたちに継承され、「いのちの塩」の自然海塩復活の運動を担ってきました。

それはわが国の塩づくりの歴史に刻まれた「身体に優しい塩づくり」の系譜です。

 

和食の原点マクロビオテック

マクロビオテックとは、大きさを表すマクロと、生命術を意味するビオテックの合成語です。語源は古代ギリシャ語に由来し「偉大な生命」といった意味があります。

その食事療法は、玄米をはじめ未精白の穀物を主食とし、旬の野菜、豆製品、海藻、乾物等を陰陽のバランスをとって調理したもので、味噌や醤油といった日本古来の発酵調味料を使い、砂糖、肉や卵、乳製品は控えることが基本となっています。

ひとに一番必要な食べ物は五穀で、なかでも玄米は炭水化物、タンパク質、脂肪、ビタミン、ミネラルが含まれ、生命体を維持する完全食であると唱えています。

野菜は無農薬の有機野菜、味噌醤油は、長期醸造製法のもの、塩は海のミネラル豊富な自然海塩にこだわり、自然食材を使う料理を奨めています。

大地とひとは深いつながりをもっており、人は自然と共生する生命体ととらえ、食物と料理が生命と深く関わっていることを気づかせてくれるのがマクロビオテックです。 

そして、その基本となる食事法が「一物全体」「身土不二」「食の陰陽」の考え方です。一物全体とは、ひとつの食物を丸ごと食べることで陰陽のバランスが保たれるという発想です。生命あるものはすべて、それ一個で調和が保たれている生命体であるから、魚は頭から尾まで、野菜は葉から根まで、丸ごと食べることで身体を整えることができるのです。

身土不二の「身」はひとの心身をいい、「土」とはひとを取り巻く環境を意味し、「不二」とはその身と土が一体とであるという仏教用語です。あらゆる生命は、生まれ育ったその土地に育ったもの養われており、自然と調和した食事を大切にし、旬の食材を食べるのがマクロビオテックの基本です。

食の陰陽とは、食物には陰性と陽性があり、熱帯地方では、暑さを和らげる陰性の食物である砂糖キビやバナナ、パパイアなど、暑い国で育つ食べ物は身体を冷やし、反対に寒い国で育つ、そば、小豆などは、身体を引き締める力の強い陽性の食べ物といわれています。

四季の豊かなわが国では、冬の野菜は身体を温め、夏の野菜は身体を冷やす食物なので、陰陽のバランスを考えた食材を料理すれば、身体と心を健康に維持することができるといわれます。

心身の健康を保つのに大切なことは、ひとそれぞれの体質の違いによって食物の種類が違っていることを重視します。食の陰陽は、すべての食物を陰陽にわけてとらえ、からだを緩める陰の食物、引き締めるちからがある陽のバランスを表しており、その人が陰性体質か、陽性体質かによって最適な食物を摂取します。

陰性体質の人が、身体を冷やすカリウムの多い野菜や果物を偏食すると健康を損ね、逆に陽性体質のひとは血液中にナトリウムや脂肪が多いので、それを改善するのに生野菜、果物などのカリウムを摂取するとよいといわれ、健康な人のカリウムとナトリウムの比率は、1対5が理想だといわれています。

 

 

4. 身体を癒(いや)す塩

海洋療法-タラソテラピー

タラソテラピーとは、ギリシャ語のタラッサ(海)とフランス語のセラピー(治療)の二つの単語の合成語で、日本語では海洋療法と訳されています。

古今東西、古来より人々は、海水に殺菌力があること、潮風が身体の自然治癒力を高めることを経験的に知っていました。なかでも塩は、さまざまな症状に効く万能薬として重宝され、塩を使った数多くの民間療法が伝承されています。 

古代エジプトでは、神の禊などの宗教的な儀式から病気治療へと発展し、壁画に海水療法が描かれています。

エジプトの海水療法がギリシャ・ローマに伝わり、紀元前5世紀、詩人エウリビデスは、「海は人間の病気を治療する」という言葉を残し、エジプトの司祭が海水の温浴法によってプラトンを治療したという記録があります。

ローマ時代には、各地に普及しており、温泉も数多く開発されましたが、中世ヨーロッパのキリスト教の掟では、海は、“風の神々の死の王国”と呼ばれ、ローマ帝国の滅亡とともに滅んだといわれます。ふたたび、海水療法が歴史の表舞台に登場くるのは19世紀の中ごろからです。タラソテラピーはフランスの生物学者のルネ・カントンが唱えた生命の起源が海にあり、ひとが必要としているすべてのミネラルを含んでいる海水は自然治癒力の源だという学説が根拠になっています。

タラソテラピーは、温めた海水に浸る、海泥を肌に塗る、ジェットバスのマッサージ、海浜の空気を吸うなど、複数の療法を組み合せて行われます。それによって血管が拡張し血行を良くして、リンパ液の循環、自律神経の調節、ホルモン物質を増やし、身体の機能を回復させていく自然療法です。                    ↑死海の海洋療法 Wikipedioフリー百科事典 

海水や海藻に含まれるミネラルや酵素、ビタミンなどが皮膚を通して吸収され、動脈硬化や気管支や肺などの呼吸系の疾患、筋肉痛、関節炎の鎮静、アトピー、リューマチ、手術後のリハビリ、さらに甲状腺障害やガンなど非常に幅広い範囲にわたっての治療効果が認められています。

海水治療の歴史は古く、紀元前480年に詩人エウリピデスが「海は人間の病気を治療する」という言葉を残し、同420年には、西洋医学の祖と言われるヒポクラテスが海水による温浴法を提唱したといわれています。                 

タラソテラピー発祥の地、フランスでは、1849年に国立科学アカデミーによって海洋療法には医学的効果があることが認められ、1961年から医療として健康保険の対象に入っています。海水や海藻、海の空気を活用する海洋療法は、ひとが本来持っている自然治癒力を高めて、さまざまな病気の克服をめざしています。

 

日本人の塩湯治

わが国には湯治いう言葉があるように、温泉に入って身体を温め病気を治療するという文化があります。有名な温泉地である、塩原、熱海、湯河原、有馬、白浜、別府、登別等の温泉は塩類を含んだ食塩泉です。

天然の温泉には、硫酸ナトリウム、炭酸ナトリウムなどのナトリウム塩、硫黄、珪素などの様々な微量ミネラルが含まれており、昔から冷え症、肩こり、腰の痛み、リウマチ、神経痛、皮膚病等に効果があることはよく知られています。

1478年、浄土真宗中興の祖、蓮如が布教の拠点として造営した山科本願寺跡で、石風呂の遺構が発掘されました。縦6m×横3m、粘土と石で固められた浴室で、薪を燃やし、熱した石に塩水をまいて蒸気を発生させて入浴する蒸し風呂です。

わが国の入浴の歴史は、湯につかるのではなく、湯を沸かし、その蒸気を浴室に取り込んだ、「唐風呂」と呼ばれる蒸し風呂が入浴のはじまりといわれています。

6世紀の仏教の伝来とともに、入浴は仏につかえる者が身体を洗い浄める行として、寺院に浴堂が備えられるようになったもので、僧のための施設でしたが、仏教では「七病を除き、七福が得られる」と説かれ、民衆にも入浴を施したことから、「湯施行」ともいわれます。

←写真 2012/9/7毎日新聞夕刊 

山科本願寺跡の石風呂の発見は、奈良時代以来800年にわたって蒸し風呂の入浴が続いていたという風呂の歴史的価値だけではなく、塩蒸し風呂の医学的な効果と信仰が深く関わり合っていたことを知る貴重な史料となっています。髄・唐の留学僧たちは、仏教を学ぶかたわら中国の医学、薬学の知識を習得して帰国し、塩水や薬草を蒸した風呂が、身体を温め、疲れを癒し、いろんな病気治療に効能のあることを熟知していたと思われます。

仏教の慈悲の思想に基づいて、貧しい病人や孤児を救うために寺院のなかに、医療福祉を行う施設、「悲田院」や「施薬院」ができたのは、聖徳太子が大阪四天王寺に救護施設をつくったのが最初だといわれます。

さらに、仏教の庇護者であった光明皇后によって天平2年(730)、興福寺に悲田院,施薬院が公設され、各地の東大寺、東大寺尼寺に湯屋を設けています。悲田院,施薬院は、奈良・平安時代を通じ医療福祉の中心となっていました。

光明皇后には、ある悲願のために、国分尼寺の総本山、奈良法華寺の施浴において千人の民の垢を拭うという有名な光明皇后の施浴伝説があります。

そのクライマックスは、最後の千人目の病人は、全身に血膿をもつ患者で、口で吸い出してくれるよう求めたところ、皇后は厭うことなく、患者に乞われるまま膿を口で吸い出すと、その瞬間、浴室に紫雲がたなびき、たちまち病人は光り輝く如来の姿に変わったという伝説です。

鎌倉時代になると寺院にあった蒸し風呂様式の浴堂が公家や武家の屋敷内にも設けられ、鎌倉幕府の源 実朝が海水を沸かして入浴した「潮湯治」の記録もあるように、次第に宗教的意味が薄れ、塩湯の入浴は、疲労回復や健康の色彩が強くなってきます。

昔、長野、新潟、福島など東北地方では、塩は貴重品で手軽に手に入らないので、塩俵を風呂に入れて入浴したといわれ、塩のミネラルが湯に溶け、神経痛、リューマチ、皮膚病、婦人病によく効くというので塩湯が行なわれていました。                ↑奈良法華寺の施浴にゆける光明皇后の悲願

江戸時代には、街道筋には長旅の疲れをとるのに、塩湯ののれんを掲げた旅籠がありました。現代の家庭でも入浴の際に粗塩を風呂に入れて入浴すると身体の芯からポカポカと温まり、よく眠れ、湯冷めを防いで風邪の予防になるといわれています。

 

塩の民間療法

むかしから塩には強い殺菌力があり、炎症を鎮める効能があることはよく知られており、海水浴に行って磯場で怪我をしても、傷口が化膿することは珍しいといわれます。それを象徴する伝説が古事記にでてくる「因幡の白ウサギ」の神話です。

オオクニノミコトが、いたずらな兎が、だましたワニに毛皮をはがされて泣き悲しんでいたのを見て、白兎に「海水を浴びて乾かしたあとに、淡水でからだを洗ってガマの穂にくるまれ」と教えたところ、白ウサギは元どおりの身体に戻ったというお話です。

中国の古い文献でも薬草や薬石が書かれた『本草網目』に、塩は下痢の薬として大切な薬だと記されています。江戸の庶民を相手にした町医者のなかには、腹痛、頭痛、風邪、眼病、貧血と、どんな病気にも、「苦塩」を投与したことから、“にがり医者”とばれていたといいます。

明治十年に東京から東北、北海道まで旅をした英国の女性旅行作家、イザベラ・バードの紀行文に、当時の東北地方の山村の人たちの間には塩分の不足で皮膚病や眼病が多いことが記されています。海岸から遠くはなれた山奥では、塩の不足で新陳代謝が悪くなり、吹き出物や眼病を患っているひとが多く、たっぷりと塩の入った塩漬魚は貴重な塩分の供給源となっていました。

明治38年に塩の専売制度が施行されると、山村の隅々まで塩が行きわるようになり、こうした症状が減ったといわれています。日常生活のなかで塩の持つ化学的な力を利用したいろんな民間療法が伝えられています。渋沢敬三著『塩俗問答集』には、塩の民間療法に関して、全国を調査した膨大な聞き取り調査が載っています。つぎに昔から伝承されてきた塩の民間治療を列挙しました。

 

風邪予防やのどの腫れ

薄い塩水でうがいをすると、塩の殺菌力によって風邪の予防となり、風邪を引いてしまったときには、濃い番茶に塩を入れて飲むと痛みや解熱に効果があるといわれています。また扁桃腺やのどが痛むときには、フライパンで煎った塩を布に包み、痛いところに一晩当てておくと痛みが和らぎます。

鼻炎に罹ったら、塩水で鼻をすすぐと炎症が静まり、塩水でうがいすると、口内が殺菌されてのどの腫れを鎮め、風邪を予防する効果があります。

 

塩湯を飲む

便秘や腹痛に、やや濃い塩湯を飲むと効果があるのはよく知られています。現代も下剤には硫酸マグネシウムが入っているように、自然海塩のにがりには腸を整える働きがあります。腹痛や下痢に焼いた塩を布で包んで患部に当てると、身体がポカポカとしてつらい症状が治まります。昔は地方によって、健胃、二日酔い、暑気あたりの予防として毎朝、コップ一杯の塩水を飲む習慣があります。

 

眼病治療

眼の病には、はやり目、ただれ目、結膜炎、トラホーム、網膜炎と、いろんな症状があります。昔の江戸の町には砂埃が原因で眼病が多かったといわれ、塩水で眼を洗って治療したといわれます。『塩俗問答集』には、愛媛・清水村では眼病に梅茶で目をなでて治す、栃木県の秋田・神代村では、かすみ目・ただれ目に塩湯で洗う習慣があることが記録されています。

 

茄子の黒焼で虫歯予防

毎朝、塩で歯を磨くことは、江戸の人たちの生活習慣でした。塩で歯茎をよくマッサージすると歯茎を引き締めて、歯周病や歯槽膿漏を予防することができます。

虫歯のときに塩水でうがいをして痛みをおさえますが、こんなときに昔から”効能あり”といわれているのが、「黒焼き茄子」です。茄子のヘタの塩漬けを黒焼きにしたものを手で歯茎にすりこむ治療法です。むかし長野県の山村では、ハコベを石でつぶして、塩と混ぜて紙で包み囲炉裏の中に埋め、歯磨き粉として使われ、ハコベ塩とよんでいました。

 

熱中症予防

夏、炎天下で長時間働いていると、汗をかいて大量の塩分が不足するため、熱中症に罹ってしまうことがあります。昔から火を使う製鉄や鍛冶の職人は、塩を舐めながら仕事をしていたといわれます。近頃、熱中症で救急搬送される高齢者がふえているのは、高血圧、糖尿病などで医者から減塩を指導され、水分の補給をこころがけているのに、十分な塩分を摂っていないことが原因だと言われます。

暑い室内でも熱中症に罹るひとが増えています。庭の水まき、梅干や古漬けとお茶、塩飴などは、昔のひとの熱中症を予防する生活の知恵だったのでしょう。

 

塩茶を飲む

お茶にひとつまみの塩を入れて飲むと胃の働きを高め、風邪の予防効果があります。むかしから食中毒・嘔吐剤に塩が効果を発揮するといわれ、二日酔いに塩湯を飲み、吐くと治ると教わっています。子供に寝るまえに塩をオブラートで包み、これを飲ませると寝小便の予防になり、またヨモギのお茶に塩を入れて飲むと回虫の駆除になるともいわれ、今も各地に民間療法として伝承されています。

 

塩で洗顔、皮膚病に塩

塩水には洗浄の働きがあり、塩で身体を洗うと毛穴に詰まった汗や皮脂を落とし、新しい皮脂の分泌を促す効果があります。むかしは子どもの頭のおでき、汗疹に塩をすり込む、塩水に浸けるなど、塩の殺菌力は皮膚病を治す力があります。

また塩でシャンプーすると頭皮の皮脂が代など、フケや抜け毛が減ってきます。皮膚の疾患やアトピー性の皮膚炎を海水で治す海洋療法もあります。

このほか、塩の民間療法には、毒虫や蚊に刺されたときに塩水で洗う、しもやけや雪焼けを塩湯で洗う、水虫ににがりを溶かした水に足をつける、頭載りを塗りつけて治すなど、むかしから塩は万能に効く治療薬に使われ、塩の民間療法は先人たちが経験からうまれた知恵と知識の集積です。

 

2.減塩の代償

減塩思想が招く減塩症候群

近年、猛暑の季節になると、熱中症で倒れて病院に救急搬送されるひとのニュースがしばしば新聞に載ります。熱中症は、暑さで体内の水分と塩分のバランスが崩れ、体温調節機能が低下し、めまいや頭痛、はきけ、ひどい場合は痙攣や意識障害を起こし死亡することもあります。

なかでも65歳以上の高齢者が半数以上を占めており、持病の高血圧や心臓疾患、高脂血症などの生活習慣病に罹っているひとが、日頃から水分の補給と塩分をひかえ、利尿剤の使用などで、その多くはナトリウム(塩)不足だといわれます。

高齢者ついで多い熱中症の救急患者は若い女性で、その多くが血液検査で血中のナトリウムが低い傾向にあると指摘する医師もいます。ダイエットのために野菜や・果物などの偏った食生活が原因でカリウム過剰によって熱中病になるケースです。

熱中症の治療は、まず血液に含まれる塩分濃度を高め、電解質バランスを取り戻すために一般的に生理食塩水の点滴治療が施されるのが普通です。

医師から厳しい塩の制限を言い渡され、減塩を続けているうちに、無気力、冷え症、だるさ、低血圧、胃腸の不調などの体調を崩していく症状を「減塩症候群」とよばれています。近年の熱中症の増加は、減塩思想に一石を投じる象徴的な現象です。

テレビ、新聞などのマスメディアには健康に関する番組や記事に溢れ、食べものや特定の栄養素が健康や病気に与える健康効果を過大評価する「フードファディズム」の風潮があります。料理記事やテレビの健康番組のなかで、身体に好い食物が話題にとりあげられると、翌日にはスーパーで売り切れてしまうという現象です。

その背景には現代人は、健康不安が強く働いて、マスコミ情報に敏感に反応しがちです。塩の自由化でマスコミから塩の情報が紙ふぶきのように発信された時期がありました。断片的な塩の知識がいくえにも重なり「塩を減らせば健康になれる」という先入観が減塩の風潮をうみだしています。

塩は悪者という先入観が偏見をうみ、塩のほんとうの価値が見えなくなってきた結果、家庭用の塩の年間消費量は年々、減少傾向にあり、平均40万トンから35万トンと減少傾向に推移しています*。

しかし、最近は医師や研究者の中から、これまでの常識とは正反対の減塩の危険

性を指摘する多くの研究報告が発表されてきています。

『塩は体をあたため、免疫力をあげる』の著者、石原結實医師は、減塩運動の展開が、日本人の低体温化を招いて、免疫力を低下させていると指摘しています。

体温が一度下がると代謝が約12パーセント、免疫力が30数パーセント低下することから、低温化が、がんを始め、高脂血症、痛風、血栓症、アレルギーなど、生活習慣病や難病が蔓延する大きな原因となっていると警告しています。

世界的に著名な米国のリング博士は「減塩をし過ぎて死亡したひとの数と、食塩の摂りすぎによって死亡したひとの数とは、どちらが多いかわからない」と減塩の行き過ぎを警告しています。塩に過剰に反応する塩減症候群は現代病ともいえます。

*出典 たばこ産業新聞2003/6/25

 

減塩志向と食品の低塩化

和食の食卓には、ご飯のほか、味噌汁、漬物が欠かせません。「塩の摂りすぎは身体に有害」という消費者の減塩志向は、味噌醤油、漬物などの塩蔵発酵食品の低塩化をまねいています。それに合せるように、お米の消費量も減ってきており、1013年の総務省の家計調査でパンの支出がお米を超えたと報告されています。また一般家庭の朝食では、パン食が半数を占め、ご飯と味噌汁の和食を超える勢いだといわれ ています。それは伝統的な和食文化の衰退を意味しているものかどうか、気になります。

もともと塩は食品の保存のために使われてきたものですが、物流が発達して冷凍が普及した現在、食品保存のために、塩漬けに替わって酸化防止剤や保存剤などの食品添加物が使用されるようになりました。

梅干しの漬物業界はこの15年間、減塩競争に明け暮れ、現在では梅干の塩分濃

食品の腐敗菌は、濃度が10%以上になると増殖できなくなりますが、スーパーを通して売られる商品は、5%程度の塩分では腐敗を完全に防ぐことはできないのです。

そのため、塩漬けした梅を塩抜きした後、調味料やはちみつ、アルコール、昆布エキスの液につけて味を調えた低塩梅干しが主流となってきています。

同じように塩分が多いと心配されてきた野菜の漬物も、工場から店頭で売られる間に、腐敗を防止するために保存料のソルビン酸、pH調整剤、防カビ剤など、添加物を大量に使用し、腐敗して商品性を失わないよう食品加工されています。

賞味期限に関して厳しい消費者の目があり、なによりも食中毒を起こせば会社の信用を失いかねないので、過剰防衛が添加剤の使用に拍車をかけているのが現実です。さらに、変質による色落ち防止に合成着色料、甘味料、酸味料を加えて消費者に減塩イメージを与えるように造られ、減塩志向による食品の低塩化は、添加物の大量摂取をもたらしています。

むかしから塩の働きを活かして、先人たちの知恵と工夫により、味噌醤油はじめ、長い時間をかけて多くの伝統的な塩蔵食品をつくってきましたが、その塩分量は、保存だけではなく、発酵食品の旨みをつくるのに最適な塩分量だったのです。

 

高血圧の減塩神話

全国的に減塩運動が展開された動機は、1960年に米国のL・K・ダール博士の秋田や青森など東北地方での高血圧の調査報告に端を発しています。

この地方に高血圧や脳卒中の発生率が高いことに注目し、その原因は塩の過剰な摂取が高血圧の原因だと論文発表し、日本の東北地方と南日本の食塩摂取量と高血圧発生の因果関係を調べた結果、一日に14gも塩を摂っていた南日本の高血圧の発生率が20%であったのに対して、平均27g~28gの塩分摂っていた東北地方では、40%という高い発生率を示したことで、塩が高血圧の原因だというのが定説になってしまいました。

しかしその後、当時の東北地方では、他の地域に比べてたんぱく質やビタミンCの摂取が少なく、寒さという気候的な要因が関係していたことが高血圧の原因だったということが分かってきました。

「塩=高血圧は根拠のない神話」と明言した世界的な高血圧の権威がいます。1982年、米国心臓学会よりチバ賞を受賞した青木久三医博(名古屋市立大学教授)です。その実験は、血圧の高いネズミを交配して独自に遺伝性の高血圧ネズミをつくり、A.低食塩食、B.標準食、C.高食塩食、D.10倍の高食塩食と1%の食塩水の四つのグループに分けて30週間(人間に換算すると40年間)にわたって血圧、体重、発育などを観察したところ、高血圧の原因は塩との説に従えば、高塩食のグループでは高血圧が悪化し、低食塩食グループでは、高血圧が治るはずですが、そのような結果は得られなかったのです。

高食塩食、標準食、低食塩食では血圧に変化が認められなく、高食塩に1%の食塩水を与えたグループだけが収縮期血圧が上昇し、血液中のナトリウムが異常に高くなり、腎不全で死んでしまいました。

この実験結果から、遺伝性の高血圧ネズミの血圧には食塩の摂取量に関係がないこと、また減塩食でも血圧が下がらないことが明らかになり、ラットを使った実験では、いくら塩を食べさせても高血圧にならないラットもいることが分かり、塩と高血圧の関係を明らかにしました。

最後に青木医博は「私の診察経験では、減塩によって血圧が下がった人は100人中、せいぜい2、3人で、それ以外の人は塩とは直接関係ない原因による高血圧である。塩の摂り過ぎが高血圧の原因とする固定概念は、“現代の神話”である」と明言しています。その後、米国のF・Cバーター博士が、塩の摂取量の増減で血圧が変動する「塩分感受性の強い人」と、塩分の摂取と高血圧に関係しない「塩感受性のない人」に分類し、塩感受性の強い人は食塩を体内に蓄える作用の強く、全体の40%おり、塩感受性のない人は塩分を蓄える力が弱い人で全体の60%を占めていることを立証しました。その後、わが国の研究では、塩感受性のひとは20%から30%くらいといわれ、高血圧患者の中でも塩感受性のひとは50%以下といわれています。 

塩感受性かどうかの判断は、減塩して10%以上の血圧の低下をひとつの指標にしていますが、塩感受性のひとには効果が出るが、塩感受性のないひとが、無理な減塩をすることで「減塩症候群」になる危険もあり、逆に血圧が上がるひと、腎臓性高血圧症や早朝高血圧のひとは病状が悪化すると指摘する医師もいます。

最近、高血圧のメカニズムが次第に解明され、塩の摂取量とは関係なくわが国の高血圧患者の90%は遺伝性の本態性高血圧であるという考えが主流になっており、残りの10%は、肥満やアルコールの過剰摂取、運動不足、ストレスといったといった生活環境が影響していると考えられています。         *ラット写真 Wikipedioフリー百科事典 

 

問題はナトリウム過剰摂取

わが国では厚労省が率先して減塩運動を推進してきましたが、塩と高血圧の関係から、塩の目標摂取量を成人男性で一日当たり10g、女性で8gと定めています。

塩=塩化ナトリウムは、その40%がナトリウム、60%が塩素で、身体の中ではナトリウムイオンと塩素イオンに分れて存在しています。ナトリウムは血液と体液量を調節し、心臓や筋肉の収縮する重要な働きをしていますが、ナトリウムを過剰に摂取すると、高血圧や心臓疾患に悪影響を及ぼします。ミネラルの結晶である塩は、閾値(塩味の幅)が狭く、毒と薬の分岐点があります。

現在、食料品店で売られている加工食品は、ナトリウム成分を多く含むと調味料、保存料、甘味料などの食品添加物が使われ、ナトリウムを大量摂取しやすい食の環境にあります。 

そこで厚労省は、ナトリウムが循環器疾患に対して悪影響を及ぼすことを危惧し、「日本人の栄養所要量」で、ナトリウム量を食塩量に換算して併記して示すことを決めており、加工食品の商品ラベルに表示されているナトリウムの2.54倍した数値を塩分相当量としています。

厚労省が指導している塩の一日の摂取量を10gの数値には、生活習慣を予防するための目安という意味合いが含まれています。実際には一人当たり一日約13gで推移しているといわれますが、日常の食生活で実際に摂取している塩分相当分は、化学調味料のナトリウム添加物やサプリメントなどから、一日約10gの塩分を摂取しているといわれおり、実態は厚労省の数値の倍の23gを摂取していることになります。

米国では1977年以来、世界には塩の最小限度の一日1g程度の塩分で生きている未開の民族には高血圧がいなことから、米国では過剰なナトリウム摂取が成人病の元凶とされ、塩の消費量を一日6gに減らす目標を掲げています。

洋食の肉や乳製品にはナトリウムが多く含まれていることから、実質的な塩分の摂取量はこれよりも相当高い数値になっていると想像されます。

それに、塩分摂取量は食事の量に比例しますから、厳密な数値を知ることは不可能だともいわれています。和食の基本味は塩味です。かつてニューヨークの日本料理店の張り紙に「和食は塩分が多いので注意」と書かれていたという話を思い出しますが、いまや、和食は世界的に注目されるヘルシイな食事で評判になっています。減塩思想にこだわっていると、美味しい料理を楽しむことをもできず、いろんな病気を招きかねません。塩をよく知ることによって、根拠のない減塩思想は捨て、豊かで健康的な食生活を心掛けることが大切だと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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増田 幸右 について

1964-1968 武蔵野美術大学 グラフィックデザイン科卒業 1968-1994 広告代理店電通入社 クリエーティブ・ディレクター 2002-2004 立教大学大学院 修士課程 2003-2008 (株)GN21 経営コンサルタント 2007-2010 浦安図書館ボランティアBCU会員 2010-2014 企業ブランドアドバイザー 2006-2014 日本海水学会員
カテゴリー: 第4章 身体に優しい塩 パーマリンク

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